失敗事例に学ぶ契約書審査のエッセンス
飯田浩隆
よりよい契約書審査を実現するためにはどうすべきか。法律知識を習得し,取引実務を知ることも必要だが,失敗事例から学ぶことも有益である。
契約審査はリーガルサービスの提供である。よい契約審査とは「適切な回答を,適時に,親切に」提供することである。失敗事例は,①回答内容に問題がある(適切ではない),②回答が遅れる(適時ではない),③依頼部門に対する説明が不十分である(親切ではない)のいずれかに該当することになる。
本稿では契約書審査にありがちな7つの失敗事例を取り上げ,その教訓を探る。
法令に関する契約書審査のバッドプラクティス
――民法を中心に
橋本孝史
新卒入社や社内異動などで新たに法務部門に配属され,初めて契約審査を担当することになった法務パーソンらにとって,一人前に契約審査ができるようになるまでに学ぶべきことは,途方もなく多い。リーガルライティングのスキルを高めるために訓練を重ねつつ,民法その他の主要法令を順次学習し知識を蓄積しなければならない。そしてこれらの学びを実際の契約審査の場面で用いてみて,失敗を繰り返しながら成長するのは,たしかに王道であろう。しかし,これらやるべきことに正面から向き合っていると,一角の成果が出せるようになるまでに相当の時間を要することになる。
本稿では,頑張る新人法務パーソンたちが,少しでも早く契約審査における成功体験を得られるよう,ありがちなバッドプラクティスを,主要法令を切り口に紹介したい。
主要類型別 契約書審査のバッドプラクティス
古澤弘二
秘密保持契約,業務委託契約,取引基本契約は,比較的多くの企業において締結する機会の多い契約である。契約審査業務に従事する法務部員にとっても取り扱う頻度が高く,ルーティン・ワーク化しやすい種類の契約であるが,過度に画一的,機械的な対応をしてしまうと,個々の案件の実情にそぐわない内容の契約書を作成してしまったり,契約相手方との間に本来不要な調整や交渉が発生し契約締結が遅れたりするおそれもある。本稿では,これら3種類の契約について,そのような対応のいくつかを契約審査業務におけるバッドプラクティスの一例として紹介する。
なぜ「うんざり」させてしまう?
事業部とのコミュニケーションに関するバッドプラクティス
岩本竜悟
契約審査における法務の役割は,法的にも事業的にも妥当で実現可能な実施策を見つけ,これを企業として実行させることにある。そのためには,事業部とのやりとりやビジネス理解において事業部を「うんざり」させるようなバッドプラクティスを見直し,事業部の信頼を得ることが必要である。
英文契約におけるバッドプラクティス
――英米法特有の概念とドラフティング上の留意点
石山綾理
英文契約書も契約書である以上,基本的な機能や考え方は和文契約と同様である。しかし,英文契約の特殊性として,契約書の作成に関する基本動作が和文契約の実務と異なること,また,英米法独自のルールや概念が用いられることがある。本稿では,英文契約特有の要素によって発生するバッドプラクティスを取り上げる。
契約書作成・審査後の落とし穴?
契約管理のバッドプラクティス
草原敦夫
契約書の作成・審査の後の工程におけるバッドプラクティスとして,契約締結,契約書の保管,契約内容の不遵守を取り上げたうえで,電子契約やリモートワークの普及などの情勢変化も意識しながら,なぜ不備が起こるかやどのように対処するか,契約管理のあり方などについて検討する。
田中義明
筆者は34年間の証券マン生活を経て,2020年に大和証券グループ本社と資本業提携をした知財ファンドの運営をする会社の会長に3年前に転籍した。知財コンサルも手掛けているが,最初は朝の会議の単語もわからず文字どおり右も左もであったが,慣れるにつれ,統合報告書の知財ページの作成,投資家への知財IR,知財ガバナンスの体制構築,IPランドスケープによる投資戦略・新規事業戦略作成,また,当社の本業である知財ファンドの組成,そのための特許調達,資金調達と,これほど金融との親和性が深い業界があったのかと,発見と試行錯誤のエキサイティングな日々を過ごしている。30年以上,毎日すみずみまで読んでいる経済新聞に,知財の文字が載らない週がないことも発見した。
石居 茜
採用代行とは,企業などの採用活動の全部または一部を外部業者に委託するいわゆる採用支援サービスのアウトソーシングである。しかしながら,次に述べるように,労働者募集を第三者に委託する委託募集については,法律上許可制となっている。
梅村 悠
企業や国を相手取り,気候変動に関する訴訟を提起する動きが世界中で広がっている。欧米とは異なり,現在までのところ,日本では,訴訟の結果だけを見れば,原告が勝訴した事案はみられない。しかし,将来的には,サステナビリティ情報開示の義務化などに伴い,わが国においても,情報開示をめぐる訴訟の増加が見込まれる。高まる気候変動訴訟リスクを,企業はどのように受け止め,どう備えるべきか検討する。
最新の経済安全保障法制概説
鈴木 潤
本稿においては,わが国における経済安全保障に関する法制度の全体像を示したうえで,個々の法制についてその概要および2024年度における動向を紹介する。
経済安全保障デューデリジェンスの必要性と実務ポイント
横井 傑
現代では,企業活動において経済安全保障リスクの検討が必要不可欠だが,従来の実務では取りこぼす例も少なくなかった。新しい時代に対応するため,経済安全保障デューデリジェンスを検討すべき場面が増えている。
クロスボーダーM&Aと経済安全保障⑴
インバウンド
松本 拓・武士俣隆介
クロスボーダーM&Aのうち,日本からみて,「外」から「内」のインバウンドM&Aを取り上げ,直接関係する日本の投資規制について概観したうえ,初期的検討,デューデリジェンス,最終契約,クロージングの各段階における経済安全保障上の留意点を説明する。
クロスボーダーM&Aと経済安全保障⑵
アウトバウンド
寺﨑 玄・佐賀洋之・齊藤三佳
クロスボーダーM&Aのうち,日本からみて,「内」から「外」のアウトバウンドM&Aを取り上げ,経済安全保障の観点からみた場合の,アウトバウンドM&A特有の留意点を紹介するとともに,主要な国・地域における外資規制について概観する。
サプライチェーンと経済安全保障
藤田将貴・佐藤重男
米中対立の激化やロシアのウクライナ侵攻等の国際情勢を背景に,近時,サプライチェーン上のリスクは,かつてないほど高まっている。本稿では,サプライチェーンを混乱させ,企業の事業活動に深刻な影響を与えるリスクがある主要国の規制を概説する。
知財戦略と経済安全保障
清水 亘・石川雅人
経済安全保障は,企業が知財戦略を検討する際にも考慮が必要である。今後は,技術を戦略的に取捨選択する技術インテリジェンスの考え方も,不可欠になるであろう。
アンチダンピング税と経済安全保障
中川裕茂・髙嵜直子
他国からの安値輸出に対抗するため,アンチダンピング税(AD税)などの貿易救済措置を理解し,ツールとして活用することは,日本企業にとっても非常に重要といえよう。本稿では,AD税に焦点をあて,その概要と活用にあたっての実務上の課題を紹介する。
池邊祐子
2025年1月8日,労働基準関係法制研究会(座長:荒木尚志東京大学大学院法学政治学研究科教授)の報告書(以下「報告書」という)が公表された。報告書では,労働基準関係法制にかかわる諸課題について方向性が示されており,今後,報告書に基づき,労働政策審議会で具体的な内容が議論される見込みである。法改正へと進む内容もあると思われ,今後の人事労務分野の実務において重要な内容であるため解説する。
近時の判例・裁判例をふまえた
「 退職金の減額・不支給」最新論点
多根井健人
従業員に対する退職金の減額・不支給については,従業員の永年の勤続の功を抹消・減殺するほどの著しい背信行為が認められるかどうかでその有効性が判断されることになる。
本稿では,飲酒運転による物損事故,秘密保持義務違反,競業避止義務違反等を理由とする退職金の減額・不支給に関する近時の判例・裁判例をふまえ,退職金の減額・不支給の最新論点について解説する。
2024年の電気通信事業に関する法令・ガイドライン改正の概要と2025年の展望
岡辺公志
本稿では,電気通信事業に関する2024年の制度改正のうち,比較的広い範囲の事業者に影響を与えるものとして,①アプリケーション提供者等の利用者情報の取扱い,②携帯電話や固定ブロードバンド等のサービスに関する消費者保護ルール,③携帯電話市場の競争ルールのそれぞれについて,現行の制度を概説したうえで,2024年に実施された改正と,今後の展望を紹介する。
カルテル規制に関する近時の動向とコンプライアンス上の留意点
大東泰雄・堀場真貴子
公取委等は,幅広い業種におけるカルテル等を活発に摘発しており,令和元年改正独占禁止法により導入された調査協力減算制度は活発に利用されている。また,時流の変化に伴う新たなカルテル等のリスクも認識しておきたい。カルテル等のリスクに備えるため,予防・早期発見・有事対応のポイントを押さえた対応を心がけたい。
リスクと強みを理解する
ファミリーガバナンスの法務・税務
岩崎隼人・井口麻里子
企業全体の96.9%が,上場企業においても49.3%がファミリービジネス。その特有の課題に対応するには,法務部員によるファミリーガバナンスの理解と支援が必要である。本稿ではその重要性を解説するとともに,法務・税務の観点からファミリーガバナンスを解説する。
野村修也
法務担当者が日々の業務で駆使しているのが「法的思考」だ。だが,その本質を深く掘り下げて理解している人は少ない。そこで,この連載では,企業法のなかで最も基礎的な法典である会社法を題材としながら,法的思考の本質に迫ることにする。回を重ねるに応じて,皆さんの「法的思考」が磨かれていくことを期待したい。
【新連載】
〈業種別〉テクノロジー法務の最新トピック
第1回 製造業
殿村桂司・小松 諒・今野由紀子・松宮優貴
近年の生成AIの普及にみられるように,新たなテクノロジーの活用はあらゆる業種において急速に進んでおり,それに付随して業種ごとに異なる新規かつ複雑な法的問題が生じ,また,各国における法制度の見直しも急ピッチで進められている。本連載では,テクノロジー法務を扱う弁護士が,各業種について知見を有する弁護士とともに,業種別のテクノロジー関連の最新トピックやそれらを検討する際の実践的な視点を紹介する。
第1回は,日本の産業の柱の1つである製造業について取り扱う。
【新連載】
「eスポーツビジネス」法的論点と対応
第1回 eスポーツビジネスの多角化と法的問題
木村容子・櫻井康憲
昨今,日本および世界におけるeスポーツに関連する市場規模は拡大しているといえ,eスポーツに関するビジネスは,今後成長する産業として注目を浴びている。ゲーム産業や大会運営だけでなくさまざまなビジネスへの経済効果および社会的意義も,eスポーツには期待されている。他方で,eスポーツビジネスを展開するにあたって,各種法規制やリスクへの対応をとる必要がある。
本連載では,eスポーツ大会運営に関する主要な法的リスク・対応を軸に,立場や場面に応じた関連ビジネスの法的リスク等についても,複数人で解説していく予定である。まず,第1回目の本稿では,eスポーツビジネスの現状と関連する主要な法規制の概要を紹介する。後述のとおり,eスポーツに関連するビジネスの幅や社会的意義は大きいと考えられるので,ゲーム産業以外のビジネスの法務にかかわる方の参考にもなれば幸いである。
LEGAL HEADLINES
森・濱田松本法律事務所外国法共同事業編
2024年12月,2025年1月の法務ニュースを掲載。
■ EU,「強制労働製品上市等禁止規則」を制定
■ 最高裁,発信者情報開示等請求に関する判断
■ 国交省・環境省,「水道におけるPFOS及びPFOAに関する調査の結果について(最終取りまとめ)」を公表
■ 公取委・中小企業庁,「企業取引研究会 報告書」に対する意見募集開始
■ 内閣府,「規制改革推進に関する中間答申」を公表(次期会社法改正に関連する事項等)
■ 公取委,「クリエイター支援のための取引適正化に向けた実態調査」の結果を公表
■ 厚労省の労働政策審議会,「女性活躍の更なる推進及び職場におけるハラスメント防止対策の強化について」を厚生労働大臣に建議
■ 金融庁,「記述情報の開示の好事例集2024(第3弾)」を公表
■ 令和7年度税制改正大綱が閣議決定
■ 経産省,「産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 事業再構築小委員会報告書(案)─早期での事業再生の円滑化に向けて─」に関する意見募集の実施
■ 消費者庁,「公益通報者保護制度検討会」の報告書を公表
■ 法務省,不動産登記規則を改正(検索用情報の申出手続等)
■ 米国BIS,AI向け半導体輸出に関する新規制を発表
最新判例アンテナ
第81回 段ボール製品に係る価格カルテルに対する排除措置命令および課徴金納付命令についての審判請求を棄却した審決の判断を維持し,取消請求を棄却した事例(東京高判令6. 5.31金判1704号10頁)
三笘 裕・光明大地
本件は,段ボールシートおよび段ボールケース(以下「段ボール製品」という)を製造,販売する事業者である原告らが,段ボール製品の販売価格を共同して引き上げる旨の合意(以下「本件合意」という)をしたことが不当な取引制限(独占禁止法2条6項)に当たるとして,被告である公正取引委員会から排除措置命令および課徴金納付命令を受けたところ,原告らがこれらの命令を不服として,被告に対してその取消しを求めて審判請求をしたものの,被告がこれを棄却する審決をしたため,被告に対し上記審決の取消しを求めるものである。
悔しさを糧に――学べば開ける☆
第13話 「判例がこうなっているから,こうです」は,弁護士失格?
木山泰嗣
弁護士としての実働から通算して20年を超えた税法学者が,税務の仕事に限らず,学生・受験生のころに経験したエピソードを挙げ,自分の思うようにいかない現状(=悔しさ)を糧に,どのように学び,どんな活路を開いてきたのかを語ります。
経営の一翼を担う法務――CLO/GCの役割と実践
第2回 CLO/GCが発揮すべき役割(総論)
――何をすれば経営陣に評価されるのか?
今仲 翔
第1回では,CLO/GCというポジションの内容や外部弁護士との役割の違いを説明した。記載した内容のなかでも,特に重要な点は,CLO/GCは経営の一翼を担うポジションである点である。第2回および第3回では,CLO/GCが経営陣の一員として企業のなかで発揮すべき役割のなかで,特に外部弁護士に求められる役割と大きく異なる点について説明する。具体的には,①意思決定,②法令等の遵守体制の構築,③法務組織の運営について論じる。
スタートアップのための社内規程整備マニュアル
最終回 人事労務に関する規程
藤田豊大・高橋尚子
本連載では,全6回にわたり,スタートアップのための社内規程整備について,具体的な条項例を交えつつ解説を行う。第6回(最終回)では,人事労務に関する規程の策定のポイントを解説する。スタートアップが従業員との労務トラブルに適切に対処するうえで,人事労務に関する規程の適切な策定がポイントになるケースは多くみられる。また,上場を目指すスタートアップにおいて,人事労務規程の整備は非常に重要である。そこで,特にスタートアップが労務トラブルに直面したときに顕在化しやすい法的課題や,上場審査において問題になりやすい項目を重点的に解説する。また,多くのスタートアップにおいて導入されているテレワークに関する規程や,近時の法改正への対応についても解説する。
いま知りたい! 食品業界の法律
最終回 食品に関する知的財産
――技術・ブランドの保護
渡辺大祐・岡本健太・櫻井 駿
食品の流通過程においては,農林水産物の品種,製造加工に用いる技術・ノウハウ,食品の名称,商品パッケージのように知的財産として保護されるものが幅広く存在する。知的財産の保護にかかわる法律もさまざまであることから,どのような法律によって食品に関する知的財産の保護を図ることができるのかを解説する。
ライアン・ゴールドスティンの"勝てる"交渉術
第13回 謙遜も卑下もせず,自らの実力は適正に評価する
ライアン・ゴールドスティン
日本の教育現場では自立を促し,失敗を恐れずにチャレンジすることを教えていると聞く。ところが,実際に社会に出た途端,仕事でミスをすると叱られるという。叱責を恐れるがあまり,部署のトップのなかには任期中に対処すべき問題が起きたとしても目をつぶって先送りする者がいて,それを「事なかれ主義」と呼ぶと聞いた。失敗を許さない時代において,何をするにも諦めが先に立ってしまう。実は,この考え方が交渉において非常にマイナスに働くのである。
今回は,交渉における盤石な体制づくりについて考える。
マンガで事例紹介!
フリーランスにまつわる法律トラブル
第7話 偽装請負
宇根駿人・田島佑規・CS合同会社
マンガの事例で登場する偽装請負とは,フリーランスに対し,形式的には請負契約や業務委託契約に基づき業務を発注しているにもかかわらず,その業務実態として労働者派遣事業であると判断されるもの,または,その実態から当該フリーランスが労働基準法上の労働者であると判断されるものなど,契約の形式と実態に不一致があるものをいいます(ここでは実態として労働者性が認められる後者の偽装請負を念頭において説明します)。
「パーソナルデータ」新しい利活用の法律問題
第3回 消費者視点から考えるデジタル社会のデータ利活用
奥原早苗
本稿では,「『パーソナルデータ』新しい利活用の法律問題」と題した連載において,特に情報を提供する主体である利用者・消費者の視点を交えながら課題となる点を取り上げる。
契約書表現「失敗ゼロ」のオキテ
第4回 表記ゆれ
藤井 塁
表記ゆれとは,同じ意味を表すことが意図されているにもかかわらず,複数の異なる語で表記されている現象をいう。たとえば,契約当事者の呼称として「売主買主」と「甲乙」が混在している場合が挙げられる。
法務担当者のための金商法"有事対応"の手引き
第5回 虚偽記載対応⑵
矢田 悠
前回に引き続き,上場会社の有価証券報告書等の開示書類について,虚偽記載や記載すべき重要な事項の不記載(虚偽記載等)が発覚した場合の対応について解説する。