契約書をめぐる社会情勢・関連法令への対応方法
石原遥平・川井田 渚
近年,稀に見る社会情勢の変化が生じている。新型コロナウイルスの世界的な流行,半導体不足,建築資材の高騰,ウクライナ侵攻(戦争),急激な円安,米中対立にみられる経済安全保障リスクの顕在化など,枚挙にいとまがない。
ところで,「契約」には,店舗やインターネットで商品を購入する際に締結する場合の契約のような,1度きりの取引を前提とした契約のほかに,継続的な取引関係を前提とした契約(たとえば商品取引基本契約や賃貸借契約)や,契約上の債務の履行の完了までに相当程度の期間を前提とする契約(たとえば建築請負契約)等の,相応の契約期間を前提とする契約も数多く存在する。これらは,非常に長期間にわたる契約に発展することもあり,実際のビジネスの場では,数十年続く取引も珍しくない。
このような長期間にわたる契約においては,往々にして,契約期間中に,契約締結時には予想し得なかった事象が発生することが生じ得る。特に近年は,冒頭に述べたような社会情勢の変化が生じているが,これらの事象について,契約締結時に想定できていた人は少ないだろう。本稿では,これらの社会情勢の変化が契約変更や契約更新に与える影響について,概要をまとめ,その問題点について考察する。
契約変更・更新の基礎と条項例
金 大燁・山口聡子
契約変更や契約更新に関する条項は,契約書にひな形的に置かれていることが多く,契約書作成にあたり,事前にその内容を詳細に協議・検討する機会は,それほど多くないのではないだろうか。しかし,これらの条項は,契約締結後に取引を取り巻く状況の変化があった場合には,当該取引を維持できるか否か,あるいは取引から撤退できるか否かを検討するのにあたって,極めて重要な存在価値を有する。本稿では,契約変更および契約更新について基礎知識を整理したうえで,具体的な条項例を用いながら,その留意点について解説する。
ケーススタディ 取引価格交渉の実務
森田 博・瀧野達郎
近年,原油価格の高騰や円安の進展が相まって,原材料費やエネルギーコストが上昇しており,こうしたコスト上昇を,取引価格にいかに反映させるかが,各企業にとって喫緊の課題だといえる。
そのような情勢のなか,各省庁は,中小企業等が上昇したコストを適切に転嫁できるような環境の整備のために,2021年12月27日,「パートナーシップによる価値創造のための転嫁円滑化施策パッケージ」(以下「転嫁円滑化施策パッケージ」という)を取りまとめた。その中の具体的な動きの1つとして,公正取引委員会は,2022年12月27日,立場の強い企業から明示的に価格転嫁に関する協議をすべきとの方針から,協議が不十分だと認定した13社の企業名を公表している。
今,発注側の企業は,価格転嫁に関する協議を実施することについて,社会的要請が強まっていることに留意する必要があり,他方,受注側の企業は,このような社会的要請を後押しとして,値上げ交渉を成功させることが重要な経営課題となっているのである。
そこで,本稿では,企業が取引先との契約内容を更新・変更するにあたって留意すべき点,特に,取引価格の見直しにまつわる法的問題点について,簡単な事例をふまえて解説する。
契約終了時の留意点と終了後のフォローアップ
西田 恵・下川拓朗
昨今の経済情勢や世界情勢の急激な変化により,契約内容を変更するだけではなく,契約自体の終了について判断を迫られる場面や,取引先から契約終了を申し入れられる場面に直面することがある。そこで,本稿では,契約の終了についてチェックすべきポイントおよび契約終了後のフォローアップに関する基本的留意点を解説する。なお,借地借家法,労働法および消費者契約法等の強行法規の適用により,契約の更新や終了に特別の規制のある契約は本稿の対象外とする。
契約変更・終了をめぐる海外取引の注意点
増山 健・プリティ梨佐クリスティーン
海外取引においては,日本国外の法律が適用される可能性があることに伴い,国内取引とは違ったリスクや問題点が生じることがある。契約の変更や終了という局面にあっても,海外現地の法制度を十分に理解せず,かつ,相手方との間の明確な同意を得ないまま処理を進めてしまうと,紛争が生じて現地での裁判に巻き込まれ,多大な費用の支出と時間の浪費を余儀なくさせられる事態になりかねない。また,本来は,取引開始前にそのような事態が起こり得ることを想定して,契約書に必要な条項を盛り込んでおくべきである。
そこで,本稿では,海外取引の前提事項ともいえる準拠法について解説したうえで,比較的選択されることが多いコモンローの国や地域の法が準拠法となる場合を念頭において後発的不能の事例を取り上げ,さらに契約書に盛り込んでおくべき条項について検討を試みる。
射手矢好雄
米中対立が激化し,台湾有事の地政学リスクが高まりをみせている。 米国は,中国を米国主導の国際秩序に挑む「唯一の競争相手」と位置づけ,対中輸出規制を強化している。さらに米国は,同盟国と協力して中国に対抗する方針であり,中国に対する規制に日本が同調することを求めている。日本は安全保障文書を決定し,中国を「これまでにない最大の戦略的挑戦」と位置づけた。
荒木昭子
コロナ下でリモートワークが浸透し,オンラインツールを用いたリモートワークの働き方が浸透した。さらに,VRを用いたメタバース上の仮想ワークスペース(以下,単に「仮想ワークスペース」という)を導入する動きがあらわれはじめている。この仮想ワークスペースで,労働者は,自身の分身であるアバターにより,会議室に集まり,ホワイトボードを用いて説明し,相互に議論を行う。そこでは,互いにアバターの動作を見ながら会議や研修を行うことでコミュニケーションがより円滑となり,新しいアイディアの創出も活発になるかもしれない。
近藤光男
会社法には,定款と法令とを並列させて規定している条文は少なくない。たとえば取締役は法令および定款を遵守する義務を負い(355条),株主の差止請求が認められるのは取締役が法令または定款に違反する行為についてである(360条)。しかし,総会決議について,内容の法令違反は無効となるが(839条),定款違反は取消しの対象となるに過ぎないこと(831条1項2号)をはじめ,法令違反と定款違反とで意味するところは同じではない。一般に定款は,会社法およびその精神に違反することはできないと解されるのであり,その一部の効力が認められない場合があり得る。ここに定款規定の限界が問題となる。
費用対効果の最大化に向けたステップ
――変動するリスク環境に備える
水戸貴之・新堀光城・片山雄太
近時の国際情勢やグローバルでの規制強化の潮流等,企業を取り巻く環境は急速に変化しており,法務・コンプライアンス部門が対応すべきテーマや業務も多様化している。必要な業務に対し適切にリソースを投下し,効率的に対応できるよう見直しを進めることは喫緊の課題といえる。そのような企業を取り巻く環境をふまえ,法務・コンプライアンス業務の洗い出しおよび,費用対効果の最大化に向けたポイントについて解説する。
契約書作成・レビューの効率化:「着地点」を見据えた対応
板橋 健・神田智之・外山信之介
事業推進に必要な契約書の作成・レビュー等を行うことは法務部の主要な役割であり,法務担当者が多くの時間を費やす業務であるからこそ,その費用対効果を意識することは業務生産性に直結する。本稿では,契約書締結までの工程を効率化させるために当社で活用しているアプローチの例を紹介する。
契約交渉促進のための法務作法
松村光章
企業間取引は,各社の営業担当や法務担当による交渉を経て契約締結に至っている。交渉理論の書籍には,すべての決定権限が交渉当事者にあるかのような記載となっているものも見受けられる。しかし,実際は交渉当事者に決定権限がない場面も多い。交渉担当者は,相手方との交渉と並行して社内調整を進めており,交渉上手と言われる者は社内調整にも長けていることが多い。逆に,社内調整を避けようとするがあまり,契約交渉が停滞してしまうこともある。本稿では,顕在化しにくい交渉促進的でない所作を紹介し,その対応策を検討する。
RPAツールで実現
法務審査のプロセスオートメーション
野上真穂
法務部門のメンバーの業務時間を記録・分析してみると,優先度の高い業務の割合はわずか7%と判明した。これを増加させるべく,審査業務の一部をRPAによって自動化することを試みている。現在は,まだ運用を開始したばかりの状況ではあるが,当社の取組みについて紹介する。
総合力を養うYKK APの人材育成
石井隼平
近年,法務業務が拡大し,法務に求められる役割が質的にも量的にも増加しており,人材育成に課題を感じている方もいるであろう。コロナ禍によって,テレワークでの業務が一般的となり,セミナーをリモートで閲覧できるようになったため,情報をキャッチアップするハードルは下がったかと思われる一方で,コミュニケーションの手法が変わったことで,人材育成に関する新たな課題も出てきており,課題解決の施策を手探りで行っているところである。本稿では,筆者なりの工夫を共有させていただき,その取組みが皆さまの参考になれば幸いである。なお,基本書以外の参考文献は,他分野から学ぶ意図で紹介している。
結城東輝
2023年6月16日に施行が迫る改正電気通信事業法は,新たに「Cookie規制」と呼ばれる外部送信規律を導入し,規制対象は電気通信事業者以外にまで広がっている。総務省が公表するガイドラインの解説案およびFAQを読み解きながら,実務的な対応のあり方を検討する。
データガバナンス体制構築のための民間自主的取組
大星光弘・木村一輝
個人情報を取り扱う企業活動においては,個人の権利利益の保護の観点から個人情報保護法を遵守することが求められているが,これに加えて,プライバシーへの配慮に対する関心が高まっている。個人情報保護法の遵守とプライバシーへの配慮を進めるために,「民間自主的取組」による「データガバナンス体制」を強化する企業が増えている。本稿では,個人情報保護委員会の最新の取組みもふまえて,「民間自主的取組」について説明する。
法務が人権・環境DDを率先する契機に!
サステナビリティ契約条項の導入・運用
高橋大祐
取引先に対し人権尊重を含むサステナビリティ取組みを求める「サステナビリティ契約条項」の導入は,サプライチェーンを通じた人権・環境DDを補完する意義があるとともに,法務部・弁護士が企業のサステナビリティ取組みを率先する契機ともなる。本稿では,日弁連サプライチェーンCSR条項モデル条項の策定を含む国内外のルール形成に関わり,さまざまな企業のSDGs/ESG取組みを助言・支援している弁護士の視点から,サステナビリティ契約条項の意義や内容を解説するとともに,条項の導入・運用にあたっての留意点を議論する。
1月施行!
CCPA改正による日本企業への影響と適用可能性
イレイン・ハーウェル・木宮瑞雄
2023年1月1日,カリフォルニア州消費者プライバシー法(CCPA)は,カリフォルニア州プライバシー権法(CPRA)と呼ばれる法律により改正・強化された。本稿では,当該改正をふまえ,CCPAが誰に適用されるのか,CCPAにおいてどのような重要な規制が導入されているのか,日本企業が今後CCPAを遵守するためのロードマップ等について解説する。
インボイス制度に対する企業法務対応(下)
緒方文彦
前号(上)ではインボイス制度導入の背景として,仕入税額控除の要件を加重することで,長年批判された免税事業者の益税の問題に応えることがあることを示し,インボイス制度の概要と適格請求書発行事業者の登録手続を概説した。また,インボイス制度導入により免税事業者から課税仕入れを受ける課税事業者が被る不利益と免税事業者が被る不利益や,インボイス制度の経過措置について附則の定めとともに令和5年度税制改正の大綱にて言及されている事項を解説した。
ミャンマーにおける外国為替規制と事業撤退の動向
井上 淳
ミャンマーでは,2021年の政変以降,政治経済の混乱が続いている。進行する外貨不足への対処として導入された外国為替管理規制により,現地企業では外貨の確保・送金に関する障害に直面している。ミャンマー事業からの撤退に向けた検討が今後本格化することが予想されるが,外貨送金規制のために資金回収が進まず,会社清算手続も機能不全を起こしている現状がある。
日本企業の指名ガバナンスの実態をひも解く
――2022年サーベイ結果をもとに
久保克行・内ヶ﨑 茂・見城大輔・朝田悠人
2021年6月のコーポレートガバナンス・コード改訂から約1年半が経過し,企業では形式的なガバナンス体制の整備から実質的な取組みの本格化が進むなか,社会からは企業価値向上に貢献するオリジナルなガバナンス・デザインが求められている。本稿では,2022年指名・報酬ガバナンスサーベイの結果をもとに,日本の大企業における指名ガバナンスの実態を分析する。指名委員会の活動状況やスキル・マトリックス,後継者計画,人材開発委員会の観点から,その実質的な取組みの傾向を解き明かす。
宮山春城
「あなたの怒り方は異常だから専門的な治療を受けたほうがいい。それができないのなら離婚を真剣に考えます」と言って,妻が2歳の子どもを連れて実家に帰ってしまいました。とある離婚相談での1コマ,ではありません。3年前に私の家庭内で実際に起こった出来事です。
【新連載】
米国法上の不動産所有権および賃借権の基礎
――日本法との比較
第1回 米国不動産の所有権
ティモシー・ハマースミス・水谷嘉伸・ 白井潤一・髙橋梨紗
日本企業が米国で事業を展開する場合,通常は米国内の不動産物件を購入または賃借することになるが,米国の不動産取引は日本とは法概念も実務も相当に異なっていることから,日本企業にとっては馴染みがなく,理解も難しい。そこで,本連載では,米国における不動産の所有権・賃借権に関する概念・制度等について日本法と比較しながら解説する。第1回では米国不動産の所有権について取り上げる。
LEGAL HEADLINES
森・濱田松本法律事務所編
最新判例アンテナ
第58回 卸売業者等が,製造業者である商標権者が指定商品に付した登録商標を流通過程で剥離抹消等したとしても商標権侵害を構成しないと判断した事例
三笘 裕・林 嵩之
X社は,2019年12月6日に,車輪付き杖(以下「本件商品」という)の商品名である「ローラーステッカー」(以下「X標章」という)について商標権の登録を得た。
営業秘密を守る
最終回 営業秘密をめぐる今後の制度改正
島田まどか・安藤 文
本連載を通じ,営業秘密を守るために必要なこと,平時に留意しておくべきこと,実際に事件が起こったときに重要となることについて,実務上よくみられる事例に基づいて検討してきた。連載の最後となる本稿では,今後への展望として,デジタル化に伴う社会情勢の変化をふまえて,営業秘密の保護に関する法制度がどのように変わっていくのか,現在行われている不正競争防止法のあり方に関する議論を紹介する。
経営戦略としてのプライバシー・ガバナンス
第4回 プライバシーテックとリーガルの融合
大井哲也・中村龍矢
パーソナルデータの利活用とプライバシー・個人情報保護を両立する技術として,国内外で「プライバシーテック」が着目されているが,プライバシーテックは個人情報保護法への対応などリーガルとは切っても切り離せない。本稿では,プライバシーテックがどのように企業法務を変え得るのか,プライバシーテックサービスとリーガルサービスを提供する両者の共著によりプライバシーテックの概要や事例を紹介する。
弁護士のとあるワンシーン with 4コマ
Scene2 弁護士と締切り
中村 真
多くの法律家がそうであるように,私も常に何かに追われる生活を送っています。
対話で学ぶ 人事労務の周辺学
最終回 人事労務と入管法
嘉納英樹
総務省統計局によると,出生数が80万人を割った2022年の日本の総人口は約1億2,508万人です。少子化の影響で,2110年には4,300万人になるとの予想もかつてありました。そのため,外国人雇用が喫緊の課題となっています。そこで最終回では,入管法との交錯を,弁護士兼行政書士Aと弁護士Bの対話によって解説します。
ITサービスにおける「利用規約」作成のポイント
第6回 利用規約に関連する法令
(特商法・資金決済法等)
中山 茂・丸山 駿・林 里奈
今回は,利用規約に関連する法令として,特定商取引に関する法律(以下「特商法」という),特定電子メールの送信の適正化等に関する法律(以下「特定電子メール法」という),資金決済に関する法律(以下「資金決済法」という)のうち,特にITサービスに関連する規制について解説する。
Study Abroad Journal(留学体験記)
第4回 バージニア大学
坂東慶一
私は,弁護士登録以来,アセットマネジメントやキャピタルマーケッツを中心とするファイナンスと,国際課税を含む税務を扱っており,2022年7月からバージニア大学ロースクールのLL.M.コースに留学しています。
裁判例から学ぶ 経営意思決定バイアス
第2回 ベンチャー企業への投資の意思決定と「確証バイアス」(東京高判平成28年7月20日金融・商事判例1504号28頁)
青谷賢一郎・飯田 高
本連載では,経営意思決定バイアスを学ぶうえで格好の教材となる具体的事例(いずれも,取締役の善管注意義務違反に関する裁判例)を紹介し,当該事例で問題となりそうな意思決定バイアスを中心に解説する。連載第2回では,ベンチャー企業への投資の意思決定における「確証バイアス(confirmation bias)」を取り上げる。
マンガで学ぼう!! 法務のきほん
第15話 取締役会の活性化
淵邊善彦・木村容子
コーポレートガバナンス・コード(以下「CGコード」といいます)基本原則4の前段は,取締役会の役割・責任について以下のとおり規定しています。
双日法務部のリーガルオペレーション
第3回 人財マネージメント
板倉寿美
双日の中期経営計画2023において,2030年における双日の目指す姿として"事業や人材を創造し続ける総合商社"を掲げている。その中でも人材戦略については"多様性と自律性を備える「個」の集団"を目指す姿としており,双日法務部としても,かかる人材確保・育成は非常に大切なオペレーションの一部として捉えている。
この点,当部では,従来の法務業務を担当する部員について,採用,育成,キャリアパス支援の施策の多くを部内で積極的に取り組んでいる。本稿では,全社的な施策とは別に,当部独自に行っている法務業務担当部員を対象とする採用活動について簡単に説明したうえで,"人財"マネージメントのうち,非常に重要だと考える育成活動の施策をいくつか紹介したいと思う。
要件事実・事実認定論の根本的課題
第42回 実額課税と推計課税(推計課税と実額反証の問題を中心として)①
──要件事実論の視点からみた所得税法
伊藤滋夫
今回検討する問題は,これまで連載してきた所得区分の問題とは直接に関係はないが,これまで触れてこなかった所得税法における重要な問題として,所得区分を考える際にも,いつもその基礎にある問題である。
ビジネスパーソンのためのSDGs相談室
第9回 脱炭素からネイチャー・ポジティブへ
矢本浩教
Q:昨今,「脱炭素」というキーワードを新聞や雑誌で見ない日はないようになりました。特に欧米での取組みが先行していると聞いたのですが,日本の企業はいかに対応したらよいか教えてください。