リーガルリスクマネジメント実践の見取り図
――ISO31022の枠組みとリーガルリスクの4段階コアプロセス
渡部友一郎
リーガルリスクマネジメント初の国際規格ISO31022が発行された。本特集「リーガルリスクマネジメント実践の教科書」の目的である読者自身による実践を助けるため,本稿は,読者に対して,①全6講の狙い,②ISO31022の概要,③抽象的であるISO31022を実践に結びつけるコツ,④ISO31022で「たった1つだけ持ち帰る」のであれば迷わず選ぶべき「リーガルリスクの特定→分析→評価→対応」について,解説を提供する。読者は,本稿の読了により,全6講を自由に行き来して,自社および自分の仕事がすでに充足している点,改善が必要な点をよりクリアに発見できる。
「起こりやすさ」「結果」を図式で解説
リーガルリスクマトリクスの概要と具体的な活用方法
岩間郁乃
リーガルリスクマネジメントのなかのリスクの分析で用いられるリーガルリスクマトリクス。その概要とともに,海外での議論状況等,ISO31000およびISO31022における位置づけを紹介し,最後に事例の分析を行い,リーガルリスクマトリクスの具体的活用方法を紹介する。
「リーガルリスク登録簿」の作成・管理と活用のポイント
木内潤三郎
リーガルリスク登録簿は,優れたリーガルリスクマネジメントの実践に必要不可欠なデータベースである。それは,法務機能に体系と一貫性をもたらし,法務部のオペレーションの効率化に役立ち,経営層にリスクマネジメントの判断材料を提供する。また,その作成・管理を通じて法務部は「ガーディアン機能・パートナー機能」を向上することができる。本稿では,登録簿が果たすべき機能を説明したうえで,「リーガルリスクをどう定義し類型化するか」という点から説き起こし,登録簿の作成と活用のポイントを解説する。
事例から解説
リーガルリスク評価・対応の思考回路
染谷隆明
本稿は,企業が意思決定するにあたり,日々実践するリーガルリスクの評価・対応の思考回路を概説する。そのうえで,その思考回路を用いて仮想事例におけるリーガルリスクの評価を行い,代替案の策定まで含めた対応例を示し,リーガルリスクマネジメントの理解の一助としていただくことを目的とする。
個人の視点で考える
リスクマネジメントのためのコミュニケーション法
――ステークホルダーごとの留意事項を整理
矢野敏樹
本稿は,ISO31022の「リーガルリスクをマネジメントするためのコミュニケーション(内部及び外部),協議及び報告の仕組み」(5.5)を参照しつつ,リスク共有および伝達仕組みの実務的な方法について,筆者個人の経験をふまえ具体的に述べるものである。
組織の視点で考える
リーガルリスクマネジメントの仕組みづくりと
法務部門の役割
江島文孝
リーガルリスクマネジメントは,経営陣が統括する組織経営の一部であり,組織としての活動である。本稿は,組織がリーガルリスクマネジメントの仕組みを作るうえでの実務上の要点を解説しつつ,法務部門の職務遂行に際して,LRMを組織の活動と捉えて全体を見渡す視点を持つことが重要であることを示す。
VRの法的課題と今後の対応
久保田 瞬
VR元年と呼ばれた2016年を境に,VR機器の普及が始まっている。コンシューマー市場だけでなくエンタープライズ市場も加速しており,コロナ禍を経て業界的には追い風と言えるだろう。急成長する可能性を秘めているだけに,法的課題も噴出しやすく,関係企業の対応が求められる。本稿では,VRの現状を概観するとともに,法的課題にどう立ち向かうべきかをお伝えする。
「触覚・味覚・嗅覚コンテンツ」の著作権保護をめぐる考察
関 真也
触覚・味覚・嗅覚をデジタルデータとして送信し,デバイスで出力する技術が急速に発達している。それらは単体で,または映画などの視聴覚コンテンツと一体となり,われわれの生活を大きく変えるであろう。エンタテインメントだけでなく,eコマースその他さまざまなビジネスに多大な影響をもたらすと予想される。しかし,著作権法をはじめ,法律はそうしたコンテンツを必ずしも想定していない。そこで,触覚・味覚・嗅覚コンテンツの現行法上の位置づけを確認し,将来におけるさらなる発展に向けた課題を考察する。
VRコンテンツの知的財産法上における主要論点
松永章吾
VRのインタラクティブ性のほか,現実では多大な時間やコスト,危険が生じる作業を安全,安価,かつ効果的に実践できることからVRコンテンツの需要はゲームなどのエンターテイメント以外のビジネス・産業分野一般にも急速に拡がっている。本稿では,このようなVRのビジネス・産業分野における新たなユースケースに注目して検討すべき意匠法,著作権法,商標法および不正競争防止法上の論点について概観する。
VR内の「物」とデジタル資産の所有権
小塚荘一郎
VR内の「物」に対する所有権の問題は,VRに限定するのではなく,暗号資産などを含めた「デジタル資産」に対する権利の問題として議論されるべきである。デジタル資産は,利用可能性がシステムの設定に依存するという点でリアルの物と違いがあるため,「所有権」の考え方をそのまま適用しようとしても意味がない。所有権の概念を機能的に分解したうえで,自生的なデジタル資産と非自生的なデジタル資産の区別に注意しつつ,関係する利害が調整されるようなルールを形成していくことが重要である。
AR広告をめぐる利益調整と法規制
関 真也
AR広告は,物理的な制約等を受けず,好きな場所に,好きな内容の広告を表示することができ,その高いインタラクティブ性もあいまって,商品・ブランド等に対する共感をユーザにもたらしやすい。このように高い効果を期待できるAR広告であるが,わが国においてその法的課題に関する議論はあまり行われていない。たとえば,AR広告を表示することによって他者の広告物が見えなくなる場合,他者との間で何の問題も生じないのか。また,景観・風致・危害防止の観点から法規制は及ばないのか。本稿では,従来の広告一般に関する裁判例等を整理したうえで,AR広告に関するこれらの課題について考察する。
社内研修,バーチャルイベント,PR活用等
VRの利用場面に応じた契約上の留意点
野﨑雅人/伊藤 駿/野澤昌多/星野裕香
本稿では,コンピュータ上に生成した3D空間内にオブジェクトを配置し,画像や映像などを描画したものを利用した施策を実施するにあたり,どのような契約が必要なのかを,いくつかの場面を例にあげて解説する。定義上のVRに当たるか否かは,配信側の都合や視聴側の環境に依存するため,本稿では視聴側においてVR専用のヘッドマウントディスプレイを利用していないようなケースも含めてVRと呼称する。
仮処分(民事保全)とは
田中成憲
民事保全法には①仮差押え,②係争物に関する仮処分,③仮の地位を定める仮処分(総称して「民事保全」という)の3つの類型が規定されている。本稿では,②係争物に関する仮処分,③仮の地位を定める仮処分について考察する。
Case1 インターネットにおける名誉毀損等に関する仮処分
森 拓也
Case2 知財事件における仮処分
原井大介
Case3 不当な競争手段に対する仮処分
那須秀一
Case4 役員の地位を仮に定める仮処分
山本幸治/坂井俊介
Case5 明渡断行の仮処分
野尻奈緒
Case6 仲裁合意と民事保全
高田翔行
Case7 労働問題と仮処分
森 拓也/上新優斗
社会を動かす力となるために
政策ロビイングに必要な方法論
大野健一
政策ロビイングは研究の片手間にできるものではない。正論を展開すれば賛同してくれるだろうではナイーブすぎる。政策形成過程をブラックボックスにせず,正面から分析することも重要な学問ではないか。成功のためには,指導者や担当者の質とコミットメント,同意形成過程,関係者のフィードバック,権限と能力を備えた事務局,効果的な文書作成などのテクニカルな条件が,その国その時代なりのやり方できちんと満たされなければならない。
情報処理促進法の概要と
DX推進時の法務アドバイスの視点
平野高志
情報処理の促進に関する法律は,Society5.0の実現のために,企業のデジタル面での経営改革,社会全体でのデータ連携・共有の基盤づくり,安全性の確保を行うための法律である。この法律のもとで国は企業経営における戦略的なシステムの利用のあり方を提示した指針(デジタルガバナンスコード)を国が策定し,係る指針をふまえた申請に基づき優良な取組みを行う事業者を認定する制度(DX認定制度)を策定した。
改正産業競争力強化法の概要と実務への影響
――ベンチャー支援,事業再生円滑化,規制のサンドボックス恒久化を中心に
増島雅和/片桐 大/佐野剛史/日髙稔基/本嶋孔太郎
本稿は,2021年2月5日に閣議決定された「産業競争力強化法等の一部を改正する等の法律案」による規制改正のうち,産業競争力強化法改正案によって提案されている,①ベンチャー企業の成長支援策,②事業再生の円滑化,③規制のサンドボックス制度の恒久化について,その経緯と概要,実務への影響等を紹介する。
口頭審理のオンライン化・第三者意見募集手続を可能にする
改正特許法の概要と実務に与える影響
佐藤慧太/佐々木健詞
2021年3月2日,「特許法等の一部を改正する法律案」が公表された。本改正案においては,新型コロナウイルス感染症の拡大状況下において,より安心して口頭審理に参加することができるようにする観点および社会のデジタル化に対応して利便性を向上させる観点から,口頭審理のオンライン化が盛り込まれた。また,裁判所が広い視野に立ち,適切な判断を示すため,広く第三者から意見を募集する,第三者意見募集手続が盛り込まれている。本稿では,本改正案の概要を説明し,実務に与える影響について考察する。
EU新プラットフォーマー規制の概要と実務への影響
内藤央真
2020年12月15日,欧州委員会はデジタルサービス法(Digital Services Act)とデジタル市場法(Digital Markets Act)の2つの法案をデジタルサービスパッケージ(Digital Services Act Package)として公表した。EUにおけるデジタルサービスのあり方を根本から変えるこの法案は,ユーザーのために安全なデジタル環境を確保する一方で,ビジネスにとって公平な競争環境を整えることを目的とし,そこに提示される新しいルールは欧州市場と世界市場のイノベーション・成長・競争力を高めることを促す。
ミャンマーの最新状況と事業継続上の留意点
武川丈士
2021年2月1日,ミャンマーでは国家緊急事態宣言が発出され,国軍司令官が全権を掌握した。これに対する市民の抵抗は激しく,大規模なデモや不服従運動が広がりをみせている。こうしたなか,当職に寄せられる相談内容も深刻さを増しており,法律を遵守することが問題解決につながらないことも多くなっている。本稿ではミャンマーの現状と事業継続上の留意点について,ときに法律を離れた観点も含めて解説を試みたい(2021年3月15日脱稿)。
カリフォルニア州プライバシー権法(CPRA)の概要
――「機微個人情報」,「共有」規制の新設ほか
井上乾介
米国カリフォルニア州では,2020年11月3日に住民投票を実施し,同年1月に施行した「カリフォルニア州消費者プライバシー保護法」(CCPA)を改正する形で,個人情報保護をより強化した「カリフォルニア州プライバシー権法」(CPRA)が成立した。同法は,CCPAの基本的な枠組みは維持しつつ,「機微個人情報」の保護,「共有」規制の新設など重要な改正を含んでおり,日本企業も2023年の適用開始に向けて動向を注視する必要がある。
国内初! 建築物・内装の意匠登録の最新解説
深井俊至
2020年4月1日に施行された改正意匠法により,「建築物」および「内装」の意匠登録が可能になり,それらの意匠登録例もすでに公表されている。企業は,店舗,事務所等の建築物や内装の新規なデザインについて,意匠登録で保護することを検討するとともに,他社の意匠権を侵害しないかについても今後注意する必要がある。
欧州コネクテッドカー訴訟の争点とライセンス先選択の考慮要素
眞峯伸哉
2020年11月26日,デュッセルドルフ地方裁判所がコネクテッドカー訴訟でEU司法裁判所への質問付託を決定した。標準必須特許を有する通信事業者と自動車事業者の異業者間のライセンス交渉において,サプライヤーが自動車メーカーに非侵害を保証する商慣習を反映すべきものとして,欧州全体に及ぶ判断を仰いでいる。また,IoTにより他の産業分野に重要な指針が示されることが予想される。
民事基本法改正プロセスへの企業・インハウスロイヤーの関わり方
――商法改正法案を題材に
山下和哉
民事基本法について,通常は,所与の法律が適用されることを前提としつつも,社会経済情勢の変化に伴って実態に即していない法律を改正するという選択肢も,中長期的な目線では検討に値するであろう。そこで,本稿では,「民事基本法改正プロセスへの企業・インハウスロイヤーの関わり方」というテーマで,商法改正法案の提出に至るプロセスを題材に,検討を試みることとした。
LEGAL HEADLINES
森・濱田松本法律事務所編
最新判例アンテナ
第35回 招集株主から他の株主へのクオカード贈与が表明された場合であっても,保全の必要性が認められないなどの理由で株主総会開催禁止の仮処分が認められなかった事例
三笘 裕/武原宇宙
東南アジアの贈収賄規制・執行の最新事情
最終回 各国法制度の一覧,企業文化の醸成
大塚周平/芳滝亮太/大田愛子
本連載では,東南アジア各国の贈収賄法制度・執行実務・近時の傾向および留意点とともに,アジアにおける贈収賄対応におけるポイントを,現地の経験・知見をもとに皆様にお届けすることを目的としている。最終回は,各国法制度の一覧とともに,そもそも贈収賄・不正はどのように発生するかをふまえ,その防止のための企業文化の醸成について解説する。
インフラクラウドの法律と契約実務
第2回 クラウドサービスの特質を活かしたクラウド契約のあるべき姿
笹沼 穣/矢野敏樹
第2回では,パブリッククラウドのインフラストラクチャーサービス(いわゆるIaaS)に関する契約について,従量課金制や責任の分担などの特徴に焦点を当てた契約実務について説明する。そのためには,まず,クラウドサービスの特質を解説する必要がある。契約の話になぜサービスの提供方法や技術の話がでてくるのかと不思議に思われるかもしれないが,クラウドの契約が従来のITの契約とは根本的に異なる背景には,クラウドサービスの特質がある。クラウドの契約のあるべき姿を理解するためには,クラウドサービスがどういうものであり,それにどういうメリットがあるのかの理解が欠かせない。
企業法務史のターニングポイント
第6回 グローバルリスクの拡大と人材の多様化
高野雄市
本連載では,このような状況のなかで,わが国の企業法務の歴史を振り返り,各業界法務の指導的なOB,現役のエキスパートの方々に,節目となる時代の経済・社会状況の中で,各法務部門がどのような問題を克服し,発展し,その役割と存在感を確立してきたのかを,できる限り事例を通じて述べる。第4回・第5回・第6回は,法務部門にとり,それまでの専門法務からの脱皮と,経営法務への発展への土台を作った2000年代を解説する。
PICK UP 法律実務書
『プロが教える 企業のリスクマネジメントと保険活用』
久保 孝
本書は,世界で戦う日本企業でリスクマネジメント業務や保険実務に従事しているビジネスパーソンにとって,必読の一冊だと思う。ビジネスをグローバルに展開するうえでは,事故・労働安全・環境問題などのさまざまなリスクのほか,日本では普段あまり気にすることがないテロ・誘拐・暴動・雇用慣行などのリスクにも配慮する必要がある。
「外国人労働者」に関する法務DDのポイント
第2回 外国人労働者とコンプライアンス
──コーポレート・トランザクション時の視点
杉田昌平
昨今,技能実習制度を始め外国人労働者に関する報道が増え,それに比例して,外国人労働者に関する法令を重大なコンプライアンスイシューであるという認識を持つ企業は増えている。そこで,「企業法務」という視点から,「『外国人労働者』に関する法務DDのポイント」と題して,典型的なDDから,監査を行う場合における問題の背景から実務の取扱いまでを全3回にわたり検討する。第2回では,コーポレート・トランザクション時のDDとして,取引に重大な影響を与える項目を中心にDDの項目および流れについて概観したい。
敵対的買収への企業対応の最新動向
第5回 有事導入型買収防衛策
松原大祐/白澤秀己
第3回では,敵対的な買収提案を受けた場合の対応の一例として,東芝機械(現・芝浦機械)が導入して注目を浴びた有事導入型買収防衛策について,東芝機械の事例を紹介しつつ概説する。
法とことばの近代史
第9回 〈私法〉
山口亮介
本連載では、法に関するさまざまな言葉の来歴について、江戸期をはじめとする前近代から明治初期にかけてのさまざまな情報や史料などを手がかりにしながら解説する。第9回は,対等な私人間の法律関係を前提としてこれを規律する法として用いられる〈私法〉ということばのあり方について,〈私〉の持つ意味合いにも触れつつ概観していく。
フィンテック実務の最前線――法務と政策渉外の現場から
第4回 決済サービス(下)
木村健太郎/髙尾知達
本連載は,フィンテックの法務と政策渉外に携わる弁護士が,フィンテック実務を読者に体感してもらうべく,実務上の作法と最新トピックを解説するものである。第4回は決済サービス(下)として,フィンテック実務のみならず決済実務全般にインパクトのあった公正取引委員会による報告書を起点に,銀行とコード決済事業者の接続のあり方や,全銀システムの開放および銀行振込手数料に関する議論を解説する。
株主・株式からみた中小企業M&A の実務
第12回 譲渡の手続の実務
齋藤千恵
中小企業M&Aの大半は後継者問題に起因する「事業承継型M&A」である。背景にあるのは日本社会の現代的課題である少子高齢化問題であり、国策と合致することから大変な盛り上がりをみせている分野である。第12回は,譲渡の手続の実務について解説する。