SCOPE EYE

 

中期答申にみるわが国税制のあり方

 

 

石 弘光

Ishi Hiromitsu

一橋大学学長

 

Profile

いし・ひろみつ■1961年一橋大学経済学部卒業後,同大学院を経て,一橋大学教授(経済学博士)。1998年12月より一橋大学学長。政府税政調査会会長,国立大学協会副会長,中央教育審議会臨時委員,国立大学等の独立行政法人化に関する調査検討会議委員,財政制度等審議会特別委員などを務める。

 

 

少子高齢化に対応した税制

 今年1月、小泉内閣から今年度の課題を少子高齢化と税制で考えてほしいとの要請をうけた。昨年の基本方針では、少子高齢化という視点を盛り込んだ議論はとくにおこなっていないが、少子高齢化という視点から中期答申をみると、やはり膨大な財政事情がからむことがわかる。

 たとえば社会保障給付というなかで議論されている年金、医療、介護は、現在82兆円くらいだが、2005年には176兆円が必要になる。高齢社会では、受給者の数が増え年金給付額は増える。老人の医療費が若者の5倍と想定すれば、少子高齢化では莫大なお金が必要とされ、それに加えて日本は多額の借金を抱えている。これらの問題に対応するためには、税負担をみんなで等しく分かち合うしかないのだ。

 そのためには所得税と消費税を基幹税に据える必要がある。所得税は相次ぐ減税によって基幹税の地位を失うほど税収が減っており、かつ所得控除などが多すぎで穴だらけになっている。まずはその修復をし、基幹税としての役割を回復させる。

 そして、やはり頼らざるを得ないのが消費税である。消費税は5%と世界的にみても低く、税率は上げざるを得ない。消費税のように年齢や所得の区別なく負担する仕組み作りは重要だ。

 一方で、法人税の役割は著しく減退するだろう。企業の海外進出や国際的な競争を考えると、これ以上法人税に頼るのは厳しい。また、連結納税によって税収が落ち込み、総体的に法人税の地位が下がっている。さらに資産課税、相続税は補完税として特化させなければならない。

 少子高齢社会では、みんなで負担して、みんなで担うといった仕組みの税制にしなければ日本の公的医療や年金制度を持続できない。おそらく将来、消費税は二桁になるが、10%でも不足すると予測される。

 したがって、特定の人だけではなく、「広く」「公平」な負担を受け入れてもらえる仕組みをつくるのが今回の中期答申最大のメッセージである。

 

経済の活性化と減税

 昨年の基本方針と今回の中期答申は一本化して考えている。昨年は設備投資、研究開発についての減税をおこなった。新聞などでは今年度も経済活性化のために(法人税の)減税を取り上げていたが、昨年の設備投資減税の効果が定かでないうちに法人税の減税はできないし、財源の問題もある。

 経済活性化というのは、ただ減税すればよいというのではなく、民間の活力を活かすために税制をどう直したらいいかというときに、過度に経済行動を阻害している税制を排除するという発想がある。われわれは、経済活性化を税で梃子入れするよりも、税の歪みを除去し民間の力で活性化されるのを待つことを基本的スタンスとしている。したがって、増税の可能性として消費税が二桁になるのは、2012、13年からの例のプライマリーバランスを均衡化したいという経済財政諮問会議の主張や、景気の回復が5、6年先になるとみて、2010年頃になると考えている。だからといって、それまで何の対応もしないというわけではない。税制のひずみや不公平感をもたれているところは随時改めて解消していくべきだろう。

 そこでいま注目されているのは年金課税である。公平な課税を考えるときに、年金が問題となる。65歳をこえると高齢者扱いとなり年金をもらうが、実は高齢者間は貧富の差が大きい。それを年金生活者というだけで、他の所得と比べ大規模な控除があり、実質的に課税が免除される人が多い。これは実は不公平ではないのか。

 年金には、入口か出口かのどちらかで税をかけなければならない。ところが日本は100%社会保険料控除で入口=拠出したときはゼロになる。また、出口も実質的には非課税で、非常に優遇する公的年金等控除と老年者控除がある。しかし、年金という所得のみを優遇していいのだろうか。高齢者の年金生活者は、他に財産所得や給与所得がある場合が多い。年間所得が5,000 万円を超える人の2割以上が年金をもらっている。そういう人には遠慮してもらい、そのかわり年金のみの生活者に負担をかけないようにすべきだろう。

 戦後、日本の所得税は社会保障的に使われてきた。未亡人になると寡婦控除、夫の方も寡夫控除、社会保障関係では、特別扶養控除、勤労学生控除、配偶者特別控除など、他国にみられないほど所得控除がある。そうした細かい部分をなくし、基礎控除や本当に自立できない人のための扶養控除を増やすべきだ。

 

政府税調の役割と今後の抱負

 こうした現状を国民に理解してもらうためにも、政府税制調査会は昨年全国で12回「税についての対話集会(地方公聴会)」を開催した。ここでは非常に有意義な意見をきくことができる。たとえば配偶者特別控除は、働いて育児も家事もするのに、なぜ専業主婦だけを税で面倒みるのかという声が働く女性から高く、不公平だといった厳しい意見がでた。消費税二桁についても、賛成か反対かときかれれば8割が反対する。しかし公的年金や介護、医療を守るために必要でしょうといえば、反対の意見は変わってくる。大事なのは何のため使われ、どうして必要なのかという理由を伝えることだ。

 現状の制度では、60代以降の世代は一生涯積んだ拠出金の2〜3倍は返ってくるが、若者世代では7割程度にとどまる。つまり払った税金の分だけの年金はもらえないのである。現在の積立方式ではなく拠出方式では,自分が積んだプラス若者が払っている税金を自動的に高齢者に払う仕組みになっている。しかし経済成長は衰え、出生率も下がり、高齢者が増えている社会でこのシステムを維持するのは不可能である。いまはみんなで支える時代となり、世代間の不公平をいかになくすかが大きな課題となっている。

 これまで老人は社会的弱者という位置付けであったが、今の多くの老人は元気である。また、妻が家庭に入り夫が外に働き出るという形があったから、配偶者控除や配偶者特別控除が制度として成り立っていた。だが共働き夫婦が増えている今日、その制度の必要性が揺らいでいる。つまり、いまの税制と経済社会は完全にミスマッチなのだ。少子高齢化という切り口から制度の見直しが検討されていることをひとつのメッセージとして、国民的に議論してもらいたい。