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生命保険の予定利率引下げ制度の新設をめぐって

 

山下 友信

Yamashita Tomonobu

東京大学大学院教授

Profile

やました・とものぶ■1952年生まれ。1975年東京大学法学部卒。東京大学法学部助手、神戸大学助教授を経て、1992年より現職。現在、法制審議会会社法(株券の不発行等関係)部会臨時委員、金融審議会委員などを務める。

 

契約条件変更制度の概要

 2年前に提言されながら各界の反対により封印されてきた生命保険の予定利率引下げを可能とする「契約条件変更手続」新設が再度浮上し、今回は保険業法の改正として実現するに至った。

 改正法における契約条件変更制度の概要は次のとおりである。

 保険業の継続が困難となる保険会社は、主務大臣に対して契約条件変更を行う旨の申出をすることができ、主務大臣は申出に理由があると認めるときは申出を承認する。承認に際しては期限を付して保険会社に対して保険契約の解約にかかる業務の停止命令を発することができる。保険会社は変更の内容を決定のうえ、相互会社では総代会、株式会社では株主総会の特別決議、主務大臣による承認、保険契約者の異議申立手続を経ることにより変更の効力を生ずることになる。変更の効力発生後3カ月以内に契約条件が変更された各保険契約者に変更内容が通知される。変更の内容に関しては、既に積み立てられていた責任準備金を削減することは認められず、将来に向かっての予定利率の引下げは政令で定める率を下限とすることという制限がある。契約条件変更を総代会等に諮るにあたっては、変更後の業務・財産の状況の予測、基金債権者など保険契約者以外の債権者の権利の取扱いや経営責任等について明らかにすることが求められる。また、主務大臣の選任する保険調査人による調査を行うことができる。

制度に関する反対意見

  逆ざや水準の高止まり、各社決算における危険準備金などの取崩し、保険契約者配当の見送りなどの現象は生命保険経営の深刻さを裏づけている。生命保険業界が深刻な状況におかれておりこれを放置しておけないことについては、有識者の間でもコンセンサスがあると思われる。

 しかし、契約条件変更手続の新設については、相反する方向を向いたきわめて強い批判がある。第1には、破綻処理制度としての保険会社更生手続と比べて公正・公平性および透明性に欠け保険契約者保護上問題があるという批判があり、第2には、この制度が破綻処理手続のような裁判所や監督当局の監督下で強行的に進められるものと異なり、保険会社の自主的手続という性格をもつにとどまるので、制度を作っても実際に使えるかは疑問であるという批判である。

 第1の批判をする立場の論者は、おそらく財務に関する監督基準を強化したうえで早期に保険会社更生手続による破綻処理を開始することにより対処すべきであると考えている。この場合、経営者の責任追及や銀行などの基金拠出者の負担が法的に保障されるなど、公平性と透明性は高まるというメリットはあるが、保険業の継続が困難であることという更生手続開始事由との関係で早期の発動には自ずから限界があり、また、更生手続では破綻を前提に企業価値を評価するため保険契約者の損失は大きなものとなるおそれがある。保険契約者の負担を最小限にとどめるための保険契約者保護機構の資金援助財源もこれまでの生命保険会社の破綻により枯渇している状況にあるし、公的資金の投入可能性も平成17年度までの期限付きであって、これを継続できる見込みは小さい。外国資本がスポンサーとなることの可能性もこれまでほどは期待できないようである。これらのことを考えると、更生手続による処理だけで対処することも現実的には問題がある。

 第2の批判に対しては、今回の改正法では、手続の利用可能性の最大のネックであるといわれてきた保険契約者による解約申出をとめられないという問題について、主務大臣が手続の開始後に解約にかかる業務停止命令を発することができるとすることにより対処している。また、手続としては重すぎる保険契約者集会決議も要しないものと改められている。それでも、この制度があくまでも破綻処理ではなく自主的な制度として位置づけられる限り、保険会社が申し出るのか疑問であり、結局は傷を大きくすることになるのではないかという懸念もある。国会での答弁では、保険業の継続が困難となる蓋然性が高いことという手続開始の要件についてガイドラインを作ることが示唆されているが、機械的な基準とはなりえない性質のものであろうから、手続の開始は保険会社の判断に委ねられる。これは改正法のもつ限界である。

制度の意義と機能

 このように解約の制限や手続の開始の面では主務大臣の権限が強まることにより、契約条件変更制度は2年前に強調された自主的な制度としての性格を薄め、破綻処理手続に準じた手続としての性格を強めてきたものということができる。経営者の経営責任の取り方や基金拠出者等の損失負担についても、法律上は自主的に決定することとされているが、事実上は強制されることになろう。

 更生手続しかないこれまでの法制により現状の危機に対応することの問題を考えると、制度論としては、手続の選択肢として契約条件変更制度を用意しておくことは、危機対応策としてやむをえないものということができるであろう。

 しかし、制度として存在意義があるということと、具体的な保険会社におけるその制度の利用による利下げ措置による危機打開が合理性をもちうるかは別問題である。保険契約者に大きな損失を強いる制度であるだけに、保険会社としての社会的信用の毀損は著しいであろうから、利下げは実現できたとしてもそれがたんにその場しのぎの救済措置ではなく、本当に破綻を回避できることになるのか、結局は2次破綻により保険契約者の損失が拡大することはないのか、更生手続のような破綻処理手続と比べて保険契約者にとって有利であるといえるのかといったことについての十分な検証と説明が不可欠である。これは制度を利用することになる保険会社の課題であるとともに、保険監督当局の課題でもある。