SCOPE EYE

個別事業の再生支援と日本経済の活力回復

高木 新二郎
Takagi Shinjiro

産業再生機構・産業再生委員長

Profile
たかぎ・しんじろう■1963年弁護士。1988年裁判官。東京地裁判事、山形地家裁・新潟地裁所長、東京高裁判事歴任。2000年獨協大学教授。協栄生命更生管財人。2001年私的整理ガイドライン研究会座長。2002年法学博士。2003年中央大学教授。


産業再生機構の創設
 昨年10月末に政府の「改革加速のための総合対応策」が公表されて、にわかに産業再生機構の構想が浮上し、次いで政府の産業再生雇用対策戦略本部が12月に発表した「企業・産業再生に関する基本指針」により産業再生機構の概要が示された。それを受けて本年2月初めに国会に提出された法案は4月初めに「株式会社産業再生機構法」として成立し、4月中に会社が設立され、5月上旬から機構の業務が開始された。それ以来、この原稿執筆の日に至るまで、「産業再生機構」関連のニュースが新聞、テレビ、雑誌などで報道されない日はない。それだけ機構に対する内外の期待が多いことを示すのであろうか。その主要な職務を引き受けた当事者としては、同じく使命感に支えられ昼夜を問わず働いているスタッフとともに、重圧に押し潰されそうになるのをこらえつつ、一刻も早く機構の業務を軌道に乗せるために努力を重ねている。持ち込まれる再建構想を銀行や事業者とともに検討し、実行可能性が高い事業再生計画として世に出すには、相応の調整と調査と準備が必要であるが、できるだけ早く結果を出すために作業を続けているところである。
個別事業の再生支援が機構の役割
 株式会社産業再生機構法第1条によれば、機構は、「…有用な経営資源を有しながら過大な債務を負っている事業者に対し、過剰供給構造その他当該事業者の属する事業分野の実態を考慮しつつ、当該事業者に対して金融機関等が有する債権の買取り等を通じて、その事業の再生を支援することを目的」としている。個別事業の再生を支援して、その活力を回復させることの積み重ねによって多くの日本企業の元気を取り戻させ、日本経済全体を蘇らせようというものである。しかし機構は不況脱出のための即効性がある特効薬ではないし、日本経済の患部を取り除くために外科手術を施すものでもない。現に日本経済回復のための明確な処方箋は示されていないし、直裁な解決策を直ちに示すことは不可能に近いようだ。多数の経済学者や経済評論家などの専門家の真剣な議論にもかかわらず、大方の合意が得られる設計図を描くことも難しいようである。高齢化・少子化や中国からの製造業に対する追い上げなど解決困難な複合的要因が経済停滞の原因であろうから、一時的な財政出動により公共事業を増やしたとしても、将来に「ツケ」を回すだけで有効な解決策にならないだろうことについては大方のコンセンサスが得られつつある。そうだとすると元気をなくしている個別企業の活力を回復させるほかに道はないし、個別企業が存分に力を発揮できるような環境を整えるのが政府や行政官庁や公的機関の役割であろう。規制緩和やそれとは反対に必要な規制の強化や税制改革や諸法や諸制度の改正がそれらであり、株式会社産業再生機構法と一緒に実現した産業活力再生法改正もその1つであった。
不良債権処理と経済回復
 償却した後も上積みされる大量の不良債権の存在が景気回復の足枷になっているといわれる。返済能力が乏しい過剰債務企業に資金が沈んでしまい、必要とされる新たな投資のための融資ができないからであろうか。あるいは不良債権をその実質価値どおりに評価して引当金を計上すると銀行の資産内容が悪化するので、必要とされる自己資本比率を維持するには、内部留保を高めなければならず、そのために活動が制約されるからであろうか。これまでは日本では銀行に大量の不良債権が溜まっていることが繰り返し報道されても、大多数の預金者である一般市民が預金を下ろして、海外の銀行に移し、他の資産に変えるなどという行動はとられていない。預金保険などの仕組みにより庶民は安心して銀行に預けたままである。不良債権滞留にもかかわらず預金は銀行から逃げていない。将来は格別としても、今まではそうであった。そこで不良債権があっても直ちに困るわけではないので、金融庁の検査にもかかわらず、銀行の中には利益で償却できる範囲内で不良債権を処理して、できるだけ損失が発生しないように工夫しているところもあるのではないかという批判もある。そうした批判があたっているかどうかは別としても、少なくともそのような疑いを持たれないように心がける必要があろう。他方、銀行の立場から債権はできるだけ多く回収しなければならないのは当然である。簡単に不良債権と決めつけないで回収努力をするのは義務でもある。しかし、かつて一部で行われたように、利息相当額を追い貸しして正常債権であるかのように見せかけ、不良債権の追加生産を続けるのは行き過ぎだろう。
個別企業の自助努力が不可欠
 さて事業者の側から見てみよう。すれすれの利益は出ており、なんとか低利率の利息を支払ってはいるが、元本を返済しようとすれば何十年もかかってしまう程の過剰債務を抱え、節約に節約を重ね、昇給停止はもとよりボーナスも何年か支払っていないか少ない額で我慢してもらって遣り繰りしているものの、大切な得意先が倒産すれば大赤字に転落し、また何年かわずかな利益で補填し続けなければならず、必要とされる設備投資もできないという企業が少なくない。こうした多くの過剰債務企業の存在が日本全体の活力を失わせているのではなかろうか。いまだ不良債権とは言い切れない過剰債務に苦しむ企業を再生させるためには、何と言っても当該企業自身の自助努力が不可欠である。単に過剰債務だというだけでは銀行は進んで助けてくれない。企業の方から持ちかけて過剰債務解消策を相談する必要がある。場合によっては中小企業地域再生支援協議会などに相談して、一緒に銀行に働きかけてもらってはいかがなものであろうか。いずれ不良債権になって回収不能となるよりは銀行にとっても望ましいはずである。こうして多くの企業が自助努力により過剰債務解決に向けて努力することが望ましいし、そうしなければ日本全体の活力は回復しない。産業再生機構は、銀行と対象事業者と一緒に、再生可能性のある事業を活かそうとしているのである。