SCOPE EYE

 

IASCF(国際会計基準委員会財団)からみたわが国会計のゆくえ

−国際的潮流とわが国の対応・課題

 

橋本 徹

Hashimoto toru

 

IASCF(国際会計基準委員会財団)評議員

みずほフィナンシャルグループ名誉顧問

                                             

 

Profile

はしもと・とおる■1934年生まれ。1957年東京大学法学部卒,米カンサス大学院フルブライト留学(経済学)。株式会社富士銀行頭取、同会長、全国銀行協会連合会会長,日本経営者団体連盟副会長などを歴任し,現在IASCF (国際会計基準委員会財団)評議員,みずほフィナンシャルグループ名誉顧問、ドイツ証券東京支店特別顧問、社国際IC日本協会会長、CRT (経済人コー円卓会議)日本委員会名誉会長,日米経済協議会副会長、日米経済調査協議会理事長、プリンストン高等研究所理事など多くの要職を務める。

 

はじめに

 現在、原則主義に基づいた国際的な財務報告の基準策定への取組みが加速している。EUによる2005年度からのIFRS(国際財務報告基準)の域内強制適用、2002年9月のノーウォーク合意によるIASB(国際会計基準審議会)とFASB(米国財務会計基準審議会)の基準の収斂(Convergence)等、国際基準策定の潮流は正念場に差し掛かっている。わが国においても、避けては通れない緊急の課題であり、より一層の真摯な対応を迫られている。

 

IASCF・Trusteesとその役割

 IASCF(国際会計基準委員会財団)のTrustees(評議員会)は、国際的な会計基準の設定主体が、旧IASC(国際会計基準委員会)から、IASBへ組織変更・強化されることに伴い、2000年5月のエジンバラ会議において、指名委員会の指名により、19名の委員(委員長:元FRB議長Paul A.Volcker氏)が選任

され、発足したものである。その内訳は、IASB

(議長:元英国ASB議長Sir David Tweedie氏)のConstitution(憲章)に謳われているとおり、地域別には、北米および欧州から各6名、アジア・パシフィック4名、他3名であり、バックグラウンド別には、IFAC(国際会計士連盟)の推薦が5名、基準作成者、財務諸表利用者および学会から3名、他11名という構成となっている。日本からは、公認会計士として田近耕次氏(元Deloitte Touche Tohmatsu共同理事長)が設立時より、経済界からは,私が福間年勝氏(日本銀行政策委員会審議委員、元三井物産代表取締役副社長)の後任として、2002年よりその職責を担っている。会議は2000年6月(ニューヨーク)以降、直近の2003年3月(ロンドン)に至るまで計9回開催されている。

 評議員会の目的は、以下の3点に大別される。@各メンバーの指名(IASB14名、SAC(基準勧告委員会)49名、SIC(解釈指針委員会)12名)、A執行の監視、B資金調達である。

 資金調達状況は、わが国の場合、個別企業名は公表せず、日本経済団体連合会に一括して取りまとめを行っていただいている。このところの経済状況の低迷を反映して、わが国における資金調達は年々厳しさを増しているが、それでも欧州、北米に次ぐ金額を調達している。米国の場合、大手会計事務所が単独で100万ドル程度拠出するケースも珍しくない。アンダーセンの崩壊や米国の企業改革法が求める非監査業務の分離等による会計事務所の減収の影響は,この資金調達の意味からも、懸念されているところである。

 

国際的な財務報告基準の収斂への潮流

 2002年9月のノーウォーク合意を受けて、IASBとFASBとの歩み寄り、収斂が加速している。現下の大勢は、貸借対照表(BS)重視の全面時価会計への移行にあるが、デリバティブのオンバランス化に対するEU諸国の金融機関による強硬な反対、あるいは負債の時価評価に対する保険業界の反対等、IASBとして議論を重ねなければならない課題も多い。また、国際基準導入後の資格認定プログラムやそれに伴う教育体制についても現在討議がなされているところである。

 私自身、会計の専門家ではないが、個人的には、すべてを時価で評価しようとする現在の風潮に賛成ではない。ゴーイング・コンサーンとして所有している生産設備まで時価評価するのは、M&Aが盛んであるアングロサクソン的な、会社を常に売却可能な状態にしておくという発想を感じる。私自身も実体験として、銀行在籍時代、米企業買収のヘッドとして、買収価格の評価をディスカウント・キャッシュ・フロー(DCF)を用いて決定する際に、ディスカウント率や将来キャッシュ・フローの見積り等、時価主義の考え方について随分と議論した記憶がある。しかし日本では、M&A自体もまだまだ本格的ではなく、一律に時価で評価するというのは、馴染みにくい考え方であろう。

 また、損益計算書(PL)にしても、現在用いられているPLに時価で割り出した損益を足していくような方法は、金利の状況によって大きく損益が影響を受け、現在の経営成績を表していないという実務家、投資家サイドからの指摘も耳にするところである。

 

今後のわが国の対応と課題

 しかしながら、2005年度からのEUによるIFRSの域内強制適用へ向けて、原則ベースの会計基準への収斂が進み、大枠について合意を得るであろうことは想像に難くない。また、昨今の資本市場のグローバル化を考えると、資金調達の必要性から、日本企業も早晩国際基準を採用しなければならなくなるであろう。基準策定は、正に正念場に差し掛かっていると考えられる。現時点で日本の主張を十分にしておくことが、後々極めて重要な問題となるであろう。時として、SACやIASB等において、日本の意見がその努力に比してあまり聞かれていない、あるいは、意見に対するレスポンスもないといった話を耳にする。私達評議員は、そうした意見を折に触れてTweedie議長達に伝え、異なる意見にも耳を貸し、レスポンスを行うように要請をしている。会計は資本主義社会における重要なインフラストラクチャーを構成する。関係諸氏におかれては、国際的な議論へ向けてのより一層のバックアップと積極的な参画を期待する次第である。

 ただし、いかに質の高い会計基準を整備し、厳格な監査を実施しても、その前提として、企業サイドからの誠実な財務情報の提供がなければ、透明性の高いディスクロージャーが担保され、投資家の信頼を得ることはありえない。日本企業の経営者は、今一度、この点を肝に銘じ、ビジネス・エシックス(企業倫理)を鋭意、徹底させることが重要である。