SCOPE EYE

 

公認会計士監査制度の改革と今後の課題

 

江頭憲治郎

 

東京大学教授

Egashira Kenjiro

 

Profile

えがしら・けんじろう■1946年生まれ。1969年東京大学法学部卒業。現職・東京大学教授(大学院法学政治学研究科)、法制審議会委員(会社法部会長)。2002年まで金融審議会・公認会計士制度部会・監査制度WG座長をつとめた。

 

 

はじめに

 平成13年10月から金融審議会(公認会計士制度部会)において、公認会計士監査制度および公認会計士試験制度の改革の検討が進められてきた。そして平成14年12月に、同部会報告「公認会計士監査制度の充実・強化」が公表された。この報告を踏まえた法律の改正案は、現在開会中の通常国会に上程されると伝えられている。

公認会計士・監査法人の被監査企業からの独立性の強化

 改革案の一つの柱は、公認会計士・監査法人(以下、「監査人」という)の被監査企業からの独立性の強化である。具体的には、@監査人が被監査企業に対し一定の非監査証明業務(コンサルティング業務等)を同時提供することの禁止、A関与社員等の交替制の導入、B関与社員の被監査企業の役員等への就任等の制限、C公認会計士単独による監査の禁止である。

 @〜Bは、昨年成立した米国企業会計改革法(Sarbanes-Oxley Act)と同じ内容で、今日の国際的動向に対応した改革といえる。しかし、問題は、日本における監査人の独立性確保の方策として、これだけで十分かという点である。

 米国における監査人の被監査企業からの独立性の問題とは、もっぱら、大監査法人が報酬目的で被監査企業と癒着したことである。A・アンダーセンは、エンロンから、2000年に、監査報酬等として計5,200万ドルを受け取ったとされる。そして、役員・会社間の利益相反取引の監査等を監査委員会から付託されながら、役割を果たさなかった。

 独立性の喪失には、二つのタイプがある。一つは癒着、すなわち、力を持ちながら、自己の利益のため受益者(監査人の場合は投資家)の信頼を裏切る、利益相反のタイプである。この背景には、米国の大監査法人は、業務の高度化による業務コストが上昇した等により、専門職業人集団というより、「パートナー一人当たりの利益最大化」を追求する営利企業に変貌したということがあるように見受けられる。

 独立性の喪失のもう一つのタイプは、交渉力が弱く、相手方に従属している事態である。前記Cは、この事態を防止する目的であろうが、日本の監査人の場合、C以外にはこのタイプの従属性の懸念はない、といいきれるだろうか。

 たとえば、監査人の口からは、わが国では監査日数・監査報酬が欧米に比べて少ないとの指摘がしばしばなされる。監査人からの監査日数・監査報酬の増加の主張に対し、被監査企業(の経営者)の立場を代表する経済団体等は、常に激しく反発する。そして、監査報酬の開示は、米・英・独等ではすでに行われているにも関わらず、わが国では、今回の改革案でも、「監査報酬などの公開を義務づける方向で検討することが適切である。」との含みのある表現にとどまっている。監査報酬開示問題の帰趨は、今後の法令改正の注目点の一つであるが、ともあれ、こうした現状は、わが国の監査人には、被監査企業に対する交渉力が弱い形の独立性の問題があるのではないかとの疑念を、少なくとも外見上抱かせる。

監査日数・監査報酬の決定

 監査日数・監査報酬は、監査人と誰とが交渉して決めるべき事項であろうか。監査はディスクロージャー制度の一環であり、ディスクロージャーの受益者は、投資家である。したがって、監査日数・監査報酬も、本来、監査人と投資家との間で決定するのが理想であろう。その両者で形成される市場が存在すれば、自己のサービスをできるだけ高値で売りたい多数の監査人と、よいサービスをできるだけ安価に受けたい多数の投資家との交渉・競争を通じて、適正な量のサービスが適正額で供給されるであろう。

 しかし、実際には、どこの国でも監査人は被監査企業と交渉し、被監査企業から報酬を受ける。しかもわが国では、被監査企業を代表して交渉するのは、その経営者である。経営者は、元来、監査される立場であるから、監査人から可能な限り多くのサービス提供を受けたいと思っていない。したがって、監査日数・監査報酬をネギリにかかるのは当然である。

 わが国では、監査人の選任・解任・不再任は、経営者だけで決定することはできず、監査役会(委員会等設置会社であれば監査委員会)の同意を得た議案を株主総会が承認する形で決定する(商特3条・5条の2・6条・21条の8第2項2号)。他方、監査日数・監査報酬の決定には、監査役会・監査委員会および株主総会の関与が法定されていないので、前記のように、経営者だけが交渉・決定権を持つ形になっている。

 米国では、従来から、社外取締役により構成される監査委員会に監査日数・監査報酬の実質的決定権限がある。本来投資家が交渉・決定すべき事項につき、社内の誰が代わって交渉・決定すべきかとなれば、投資家のため経営者を監視している監査委員会となるのは、理の当然である。したがって、わが国でも、商法特例法を改正し、監査人の監査日数・監査報酬の決定につき監査役会・監査委員会の同意を要する旨を規定することは、最低限必要であろう。しかし、商法特例法が法務省所管の法律であるためか、改革案でも、この点はふれられていない。

監査法人および社員の責任

 改革案は、監査法人の社員の無限連帯責任制を改め、非関与社員については責任限定をなすものとしている。この責任限定は、一見、監査の充実・強化に逆行するように見えるが、監査法人の大規模化により社員の相互監視には限界が生じている以上、適当な改正であろう。

 わが国の責任制度の問題点は、それとは別のところにある。米国と異なり、クラス・アクション(集団訴訟)制度がないため、虚偽の情報開示により損害を被ったと主張する投資家からの監査法人・関与社員に対する訴訟(商特10条、証取24条の4等)は、少額請求となり、ほとんど脅威とならない。監査法人等にとっての脅威は、被監査企業が倒産し、違法配当に関し多額の責任を追及されること(商特9条)だけである。これで、ディスクロージャーの適正性の裏打ちの制度といえるだろうか。