SCOPE EYE

 

日本における内部統制の重要性

 

KFi代表

木村 剛

Kimura Takeshi              

 

Profile

きむら・たけし■金融サービスに関する総合コンサルティングを行うKFiKPMGフィナンシャル株式会社)にて、代表取締役社長を務める。おもな著書に『日本資本主義の哲学−ニッポンスタンダード』(PHP研究所)、『新しい金融検査と内部監査』(経済法令研究会)、『新しい金融検査の影響と対策』(TKC 出版)、など多数あり。

 

「隠蔽体質」「人の噂も75日」はもはや通用しない。

 牛肉偽装事件、国後(くなしり)島のディーゼル発電施設建設に絡む不正入札事件、ODA(政府による途上国援助)に絡む外国政府高官への贈賄疑惑、検査データの虚偽記載問題等々、今般、わが国では不祥事ラッシュである。数え切れないほどである。

 わが国企業は、「隠蔽」という日本型マネジメントシステムによって、何か不祥事が起こっても「隠せ隠せ」という動力を働かせることで事件を明るみに出さないといったリスクマネジメントシステムを実践してきたのかと疑われかねない状況である。しかし、これらの事件は結局明るみに出てしまう羽目となり、社会から糾弾を受ける結果となっている。

 一方、米国も会計不祥事花盛りであった。エネルギー大手のエンロン、通信大手のワールドコム、そして「ビッグファイブ」と呼ばれる世界五大会計事務所の一翼を担うアンダーセンの崩壊――これら一連の不祥事は世界がナンバーワンとして信奉してきた米国流経営が完全なものではないことを証明すると同時に、信用の崩壊は、世界がナンバーワンとして信奉している企業さえも、市場から撤退させるほどの威力があることを証明した。これら一連の不祥事の発覚を受けて、米国議会は、企業会計に対する不信感を払拭するために「企業改革法(サーベンス・オクスリー法)」がブッシュ大統領により署名されるとともに即日発効された。このスピードが米国の「自浄作用の強さ」を証明している。

 ところが日本はというと、あらゆる不祥事を経験してきたにもかかわらず、企業の内部統制の構築が進展するわけでもなく、基本的には、「人の噂も75日」という対症療法に頼ってきた感がある。しかし、今やわが国も、「隠蔽体質」や「人の噂も75日」という風土にはもはや限界が来ている。米国で起こった不祥事を「対岸の火事」として傍観している状況にはない。

 

リスクマネジメント体制の構築を進める三菱商事

 わが国を代表する大手商社でODA(政府による途上国援助)に絡む利益供与に関する不祥事件が発生した。そしてこの事件より前にも、国後島発電施設不正入札事件といった商社による不祥事も発生している。一連の商社不祥事の発生を受けて、当然世間からは、「他の商社はどうなのか?」「他の商社もやっているに違いない」「商社業界では、商慣行となっているに違いない」というように、一社の不祥事は同業他社に悪影響を与えるものである。実際、牛肉偽装事件を見てもわかるように、雪印食品から、日本ハムへと、問題企業が明るみになっていった。今回のODAに絡む利益供与事件についても例に漏れず、事件は他の大手商社にも「飛び火」するかの勢いであった。過去の不祥事をみると、とにかく「うちは大丈夫ですから」というだけに留まってきたが、こんなご時世ではなかなか疑いの火は収まらない。

 そんな状況のなか、商社不祥事に巻き込まれまいとして三菱商事は手を打った。9月30日、三菱商事は、コンプライアンス強化策を発表した。その強化策の内容は、無償援助の対象事業については利益目標を設定せず、無理な受注競争を避け、無償事業は担当役員の直轄として監視することとした。さらに、外国公務員と外食する場合、「報告」ではなく、上司の「事前承認」

を義務付けることを発表した。その他、外国公務員との付き合い方について細かく指示するマニュアルの作成に取り掛かるとのことである。

たとえば、承認を受けて会食する際の金額の許可

範囲などの基準なども作成する予定であるという。

 三菱商事がこの度、ODA事業の受注を利益目標から除外したのは、ODA事業の受注に利益目標を設定することには、大きなリスクが潜んでいることを認識したからであろう。つまり、三菱商事が展開する多角的な事業のなかで、ODA事業の受注には「リスクがある」と判断したのであろう。事業において「リスク」があるのは当然である。リスクが存在しない事業などないといっても過言ではない。最も重要なのは、リスクがないことではない。リスクを認識して、そのリスクが発生してしまう可能性を抑制する体制を構築することで、もしリスクが顕在化してしまった際に、発生した時のインパクトをできるだけ小さくすることが重要なのである。リスクとは、なくすことも大切ではあるものの、それと同程度に「小さくすること」も重要なのである。

 

内部統制システムの構築は信頼される財務諸表の作成に寄与

 リスクマネジメントを始めとする内部統制は、不祥事を起こさないために重要であることに間違いはない。しかし、内部統制とは、企業を不祥事から守るだけではない。実は、企業の財務報告、ディスクロージャーにも関連している。

 たとえば、粉飾決算。粉飾決算が起こってしまうのも、内部統制システム構築の不備による。企業内に「倫理を重視する風土」が構築されており、「監視機能」が適切に働いていれば、粉飾決算が行われるリスクは小さくなるはずである。つまり、内部統制システムの構築は、信頼される財務諸表作りにも寄与すると言えるのである。先ほどの三菱商事を例にとれば、「リスクマネジメントシステムの構築に力を入れている」という評価が市場によって醸成されれば、三菱商事の財務報告の信頼性も自然と高まることは言うまでもない。

 経済産業省では、昨年10月、「企業経営と財務報告に関する研究会」が発足し、今年4月に報告書を発表している。この経済産業省による研究会では、「内部統制システムは企業の財務報告の信頼性を高めるのに寄与する」とし、財務報告の信頼性を高めるために、企業に内部統制システムの構築の状況を開示することを今後検討していくべきである、という意見を発表している。

 内部統制の構築は、不祥事件が発生するリスクを低減することを始めとして、企業の財務報告を作成するプロセスの健全性を維持することを通じて、財務報告の信頼性を高めることにも寄与するのである。これからは内部統制システムの構築は企業のディスクロージャー戦略の重要な柱としても位置付けられていくに違いないであろう。