SCOPE EYE

 

21世紀の総合経済団体の設立にあたって

 

(社)日本経済団体連合会会長

トヨタ自動車(株)取締役会長

奥田 碩

Okuda Hiroshi              

 

 

Profile

おくだ・ひろし■1932年生まれ。1955年一橋大学商学部卒業。同年トヨタ自動車販売梶i現トヨタ自動車梶j入社後、同社取締役社長等を経て、同社取締役会長に就任。2000年日本経営者団体連盟会長。2002年社日本経済団体連合会会長就任。現在、経済財政諮問会議議員、社会保障審議会委員を務める。1996年藍綬褒章を受章。日本経済再生のため日本経団連会長として、手腕が期待される。

 さる5月,経団連と日経連が統合し,社日本経済団体連合会が発足いたしました。これは時代の大きな変化に柔軟かつ迅速に対応するものであり,まさに21世紀にふさわしい総合経済団体の誕生を意味するものと自負いたしております。

 時代の大きな変化とは,一つには「資本主義」と「市場経済」のグローバル化であり,もう一つには「多様化」であります。現在,市場主義経済のルールの下,「市場」が全地球規模で急速に拡大する中,企業と個人は未曾有のチャンスとリスクを抱えて世界市場での競争に否応無く曝されております。

 他方で,資本主義経済がグローバル・スタンダードになったとはいえ,この地球上にはさまざまな民族があり,考え方や習慣を異にしております。経済の国境線がなくなっても,さまざまな特徴を備えた市場がモザイク模様のように広がっているのです。

 

改革の実現をめざして

 わが国も,こうした時代の趨勢とは無縁ではありえません。近代の日本は,欧米へのキャッチアップを目指して,主に物質面での豊かさを追求してまいりました。それは国民の目標,価値観として共有され,その巨大なエネルギーが,高い経済成長と生活水準の向上という経済的な成功をもたらしたと申せましょう。

 この成功が,私ども国民の一人ひとりに物質的な豊かさをもたらしました。しかし,日本はすでに大量生産・大量消費の時代から,多品種少量生産・多様な消費の時代へと移行しつつあり,生活スタイルも多様化しております。その反面,こうした豊かさに慣れた社会が,少子高齢化という現実に直面し,不安を抱えていること

も事実であります。持続可能な社会保障制度の絵姿がいまだ明確に国民に示されていないことが,この不安を増長しているように思えてなりません。

 また,グローバル化や情報通信革命,地球環境問題の高まりといった大きな変化が,同時並行的に進展しており,今やわが国は,明治維新や第2次大戦に匹敵する,歴史上の大きな転換点を迎えていると言っても過言ではありません。

 このような時代においては,経済団体も従来のあり方に甘んじていてよいはずはありません。新たなかたちで,より幅広く,力強い,効率的な活動を行う必要があります。そもそも経済団体の唯一にして最大の役割は,個人と企業が最大限活力を発揮するための環境整備を行うことです。ところが,従来の枠組みでは,たとえば,今や企業の競争力を考える上で大きな課題である社会保障の問題に機能的に取り組むことが難しくなったのです。より包括的かつスピーディに政策提言を行い,改革を実現させるためには,まず経済団体そのものを変革することです。これが日本経団連を発足させた最大の理由であります。

 

「ダイナミズムと創造」、「共感と信頼」を理念に

 それでは,日本経団連はどのような日本を理想として活動していくのでしょうか。わが国は,もはや欧米を手本とすることなく,自ら国のあり方を模索し,新たな発展の道を見出さなければなりません。私は,新しい経済・社会の発展の原動力は,精神面の豊かさを求めるエネルギー,つまり人々がそれぞれの多様な個性を活かし,自分らしく生きることを通じて得られる充実感に求めるべきであると考えます。人間はもともと多様な価値観を持つものです。しかし,20世紀のわが国は,物質的な豊かさを追求する中で,画一的な生き方を志向し過ぎてきたきらいがあるのではないでしょうか。

 21世紀のわが国は,精神的な豊かさを追求することを通じ,日本人をこれまでの画一的な生き方から解き放ち,さまざまなかたちで個の確立,自立を促す社会を築いていく必要があります。それが,ひいては,経済的な豊かさの中にあっても,それに堕することのない,確固たるアイデンティティを持った精神を育むことにもなるのです。

 当然,企業のあり方も,より多様なものにしていく必要があります。個人や企業が,それぞれ多様な目標を掲げ,その実現に向かって多様な活動を展開する中で生まれてくるエネルギー,ダイナミズムこそが,新しい経済,社会を創造し,また新しい市場,技術,雇用を生み出していくのです。そうした多様性のダイナミズムの中には,当然,海外のすぐれた人材,技術,ノウハウの活用ということも含まれるでしょう。

 また,国際社会に目を転じても,多様性というものがますます重要な意味を持ってまいります。21世紀は,多様な価値観,多様な社会体制を持つ国家が共存し,人権の確立,貧困の克服,あるいは地球環境問題の解決といった共通の課題に,それぞれの立場で取り組んでいく国際社会の構築を目指す時代になるでしょう。

 そうした経済社会を目指す時,その土台として,国内においては国民の間に,また国際社会においては国家の間に,「共感と信頼」が満ち溢れている状況が必要となります。他者が自分と異なるものを求め,生きていることを理解し,尊重する心,そうした「共感と信頼」が国民の間に形成されていなければなりません。

 同様に,わが国が真に開かれた国として,国際社会の中で生き,貢献していくためには,わが国自身が「共感と信頼」を寄せられる存在となることが重要です。

 私は,21世紀の真の総合経済団体である日本経団連の会長として「多様な価値観が生むダイナミズムと創造」,そして,それを支える「共感と信頼」を基本的な理念として,行動してまいりたいと考えております。

 

おわりに

 いささか抽象的ではありますが,わが国にとっての21世紀は,多様な価値観を育み発展させる「こころの世紀」にしなければならないと思います。そして,それを担うのは内外に開かれた,活力と魅力ある国を創りあげていこうという「志」でなければなりません。

 日本経団連は,こうした「志」を高く掲げ,一丸となって,日本の経済,社会が直面する諸課題を果敢に乗り越えてまいります。もちろん改革には政治の強力なリーダーシップが必要不可欠であり,政治と時には協調,時には対立しながら,新たな発展への道を切り拓く先頭に立ちたいと考えております。その道は,かつて坂の上の雲を目指して登った道よりも険しいものであることは間違いないと思いますが,その先には,紛れもない「活力と魅力あふれる日本」が立ちあらわれるものと確信いたしております。