SCOPE EYE

 

環境経営と金融システムのグリーン化

 

財団法人 地球環境戦略研究機関

関西研究センター所長

天野明弘

Amano Akihiro              

 

 

 

Profile

あまの・あきひろ■1934年大阪生まれ。神戸大学経営学部卒業。同助教授、大阪大学社会経済研究所助教授、神戸大学経営学部教授、関西学院大学総合政策学部教授を歴任。現在は、財地球環境戦略研究機関関西研究センター所長。Ph.D.、経済学博士。中央環境審議会臨時委員。兵庫県環境審議会委

員。日経図書文化賞、紫綬褒章などを受ける。著書、論文多数。

 

 金融サービス産業は、不確実な将来に直面する社会の民間部門や公共部門の需要を反映しながら資金の投下先に関する決定力をもつという意味で、地域、国、国際社会の将来を形づくる重要な役割の一端を担っている。そのため、この部門はこれまで基本的に将来指向型の性格をもち、貸付、投資、資金運用、付保などの対象となる事業に関して、分析・助言・情報提供などの機能も果たしてきた。しかし、多くの報告書が指摘しているように1、鉱業、製造業、建設業などの部門が環境負荷の低減に長年努力してきたことと比べると、金融部門が持続可能な発展に対して具体的な形で貢献を始めるようになったのは、比較的最近のことである。

 わが国でも、エコファンドの急拡大、金融業におけるISO14001認証取得数やUNEPのファイナンス・イニシアティブズへの参加機関数の増加、あるいは土壌汚染規制強化に伴う環境リスクの見直しなど、いくつかの新しい動向が見られるようになった。このような状況を踏まえて、環境省は金融業の環境配慮行動の意義と可能性に関する調査検討会を結成し、内外の動向に関する調査報告書をまとめている2。そこでも指摘されているように、他の産業と同様、金融業においても環境への配慮を単なる制約としてではなく、リスクへの対応、市場機会の獲得、および企業の社会的責任の遂行という3つの観点から把握するようになってきたと考えられる。つまり、「環境の世紀」とまでいわれる地球環境問題と「貧困の撲滅」を始めとするさまざまな社会的問題とを克服して、持続可能性をもった社会経済システムを構築するために金融部門が果たすべき役割についての具体的取組みが、一部の機関によって始められるようになったのである。

 環境問題が、人間と自然環境の間だけの問題ではなく、貧困やさまざまな差別を含む社会的格差の存在と深く関わったものであるという認識から、持続可能な発展という概念が生まれたことにも表れているように、社会的側面に配慮せずに環境経営を実践しようとする試みは、「持続可能」ではないことが多い。グローバル・リポーティング・イニシアティブ(GRI)が2000年版の持続可能性報告ガイドライン3の中で述べているように、政府や市民社会に比べて民間企業と地球規模の市場という経済勢力の拡大が著しく強大なものとなり、世界のガバナンス構造を変えつつあるため、企業経営が人間や生態系に及ぼしている影響の全体像を把握し、評価するための手段として経済・環境・社会を統合した報告書の作成と公表が必要とされるようになってきた。

 1999年9月から開始されたダウ・ジョーンズ持続可能性グループ指数は、世界の先進的持続可能性企業の業績を示す指標としての役割を果たしているが、指数を開発したダウ・ジョーンズ社とSAMグループ(企業の持続可能性評価に関する世界的先駆企業)は、企業の持続可能性を「経済・環境・社会の3つの側面で事業機会を捉え、リスクを管理して長期的な株主価値を創造するビジネス・アプローチである」と定義している。そして、持続可能性グループに含まれる先導的企業とは、次の5つの領域で最良実践手法を設定できる企業とされる。@長期的な経済・環境・社会の3側面を経営戦略の中で統合すること、A製品・サービスの革新のために、金融的・自然的・社会的資源を長期的に見て効率的・効果的・経済的に利用できる技術とシステムに重点的に投資すること、B経営管理の質、責任、組織の将来性、企業文化などを含め、最高水準の企業統治を経営の基礎とすること、C株主の要求に対して、健全な財務的収益率、長期的な経済成長、長期的な生産性向上、グローバルな競争力強化、卓越した知的資本、および名声によって報いること、D企業が操業している地域で、従業員を含むさまざまなステークホルダー(顧客、供給業者、政府、コミュニティー、NGO等)と積極的に対話してそれぞれのニーズに対応し、長期的な「営業認可」を取得するとともに、顧客や従業員の忠誠心を獲得すること4。

 もちろん、トリプル・ボトムライン重視の経営戦略がすべて企業業績の向上に結びつくほど単純な話ではないが、エコ効率的環境管理が費用削減や全般的な管理の改善、リスクの低減につながり、経済・環境・社会を統合した戦略が、よりよい投資戦略の選択肢を発見させるなどの条件と結びつきやすく、そのような企業評価が1つの革新と考えられて、このような指数が開発されたと考えられる。なによりも、現在のグローバルな社会は、市場経済システムを持続可能なものに変革する道筋を模索しており、その方向性を先見性をもって見通せる企業や戦略を選別するという課題を抱えている。金融部門は、まさにその課題に応える最適の部門である。というのは、金融業も他の産業と同じ課題に直面しているだけではなく、金融・資本市場が持続可能性をもつ事業活動に優先的な資金提供を行うことになれば、将来のキャッシュフローの割引率となる資本コストが引き下げられることになり、そのような活動に対する強力な梃子の作用が働くからである。

 市場経済システムがこのような方向に向かうためには、金融機関を含むすべての企業が比較可能かつ信頼性のある持続可能性情報を開示し、それを審査/評価/格付けできる組織や人材が豊富に存在するようなシステムの熟成が必要であろう。わが国の金融機関は、この面で日本の持続可能な発展を主導し、それを支えるとともに、近隣の国々への支援もできるよう、必要な国際競争力の涵養にも努めなければならない。持続可能性報告が、現在の財務報告の果たしている役割りに匹敵する状態にまで発展するためには、金融業界・経済業界の取組みはもちろん、適切な枠組みづくりについては、国際的動向と整合的な法制度の整備など、国等の公共機関の役割りも重要である。

(注)

1 たとえば、Friedrich Hinterberger, Daniel Bannasch, Kai Schlegemilch, Hartmut Stiller, Thomas Orbach, Andreas Muォndel, “Greening the Financial Sector," International Business Forum Background Paper, October 1998, Wuppertal Institut fur Klima, Umwelt, Energie.参照。

2 環境省『金融業における環境配慮行動に関する調査研究報告書』2002年3月。

3 GRI『持続可能性報告のガイドライン』環境監査研究会監訳、2000年6月、3‐4ページ。

4 Dow Jones Sustainability Group Indexes, Home Page参照。