SCOPE EYE

 

国際基準統一化に向かう会計監査のゆくえ

 

IAASB(国際監査・保証基準審議会)理事

日本公認会計士協会理事

池上 玄

Ikegami Gen

 

Profile

いけがみ・げん■1955年生まれ。慶應義塾大学商学部卒業。新日本監査法人代表社員(公認会計士、カリフォルニア州公認会計士)。1997年からIAPC・テクニカルアドバイザーとして、IAPC会議に出席して国際監査基準作成作業に参加、本年からIAASB理事。1996年から日本公認会計士協会の国際監査基準専門委員会・委員長。2001年から日本公認会計士協会のISA検討特別委員会・委員長、日本公認会計士協会理事。

グローバル・スタンダードの必要性

 アジアの経済危機以降、レジェンド問題と呼ばれる問題が議論されてきた。これは、アジア諸国の中に、企業の財務業績を表わす財務諸表の作成基準である会計基準・会計実務、また財務諸表の数値の質を保証するための監査基準・監査実務が、米国などの国際的に認められた基準等とは異なっている国が存在するとされてきた問題であり、当該国の財務諸表が諸外国に対して英文で発行される場合には、会計基準・会計実務、監査基準・監査実務が諸外国とは異なっている旨を、レジェンド(警句)として記載するものである。レジェンド問題に関して、日本の会計基準・会計実務は、過去数年間でほとんど国際レベルと遜色がないところまで整備されてきており、監査基準・監査実務も本年の監査基準改訂により、同様の整備がされたといえる。

 その程度の大小はあるが、レジェンド問題は、アジア諸国のみならず各国に内在している問題であるといえる。これは、各国の会計慣行、監査実務が、法律、企業文化、歴史などの異なる諸条件を背景にして存在しており、各国ごとに相違せざるを得ないからである。

 そこで、企業の財務諸表の比較可能性とその情報の質の保証に関するグローバル・スタンダードの必要性が、近年の企業活動および資本市場のグローバル化、企業の国境を超えた資金調達の拡大化に伴って高まってきており、国際的な会計および監査の基準の統一化が話題になってきているといえる。

 

IAASBの発足と国際監査基準

 会計の国際基準については、昨年組織改革されたIASB(国際会計基準審議会)がその設定主体として活動を行っているが、監査の国際基準の作成については、本年4月よりIAPC(国際監査実務委員会)を組織改革することにより活動を開始したIAASB(国際監査・保証基準審議会)が発足した。ISA(国際監査基準)は、現在、IOSCO(証券監督者国際機構)により検討作業が行われており、IOSCOによる検討作業の結果、IOSCOがISAをクロスボーダー・ファイナンシングのための監査の国際基準とすることを承認することにより、ISA は正式に国際基準としての役割を担うことになる。

 IAASBは、International Auditing and Assurance Standards Boardの略称であり、IFAC(国際会計士連盟)の組織下で、ISAの起草・承認を行う審議会である。IAASB理事の人数は18名であり、18名の内訳は、各国会計士団体から10名(米国、英国、ドイツ、フランス、イタリア、オランダ、中国、ブラジル、南アフリカ、日本から各1名)、FOF(国際監査事務所のフォーラム)から5名(米国から2名、英国、カナダ、デンマークから各1名)、監査人以外から3名(オーストラリアから2名、カナダから1名)となっている。なお、監査人以外からの3名は、大学教授(オーストラリア)、公会計分野の専門家(オーストラリア)、金融関係の専門家(カナダ)である。

 各メンバーは、定期会議中に開催されるフル・コミティー(全体会議)に出席して、基準の作成・改訂についての検討・審議を行っていくほか、基準作成などを行うサブ・コミティー(小委員会、作業部会)の構成員となる。

 新組織としてのIAASBが、組織改革前のIAPCと比較して今後どのような変貌を遂げていくかは、6月の第1回IAASBメキシコシティー会議以降の会議で具体的施策が検討されていくことになるが,IAPCとその組織改革後のIAASBとの大きな相違点として、メンバー構成、メンバー国(団体)のIAASBへの協力体制の促進と強化、ISA設定プロセスの透明性の確保等が挙げられる。メンバー構成としては、英国のAPB(Auditing Practices Board)などのように、監査人以外のメンバーが加えられたこと、IAASBへの協力体制の促進と強化については、メンバー国(団体)がIAASBの活動に対して十分な対応ができる体制の整備を要求していること、また、透明性の確保については、会議の公聴、議事録などの情報の公開、アニュアル・レポートの公表などが相違点である。

 

国際基準統一化と今後の我が国の対応

 EUや米国等は、ISAとの調和にかなり前向きの姿勢を示しているといえる。EUは、2005年にISAを全面的に採用する方向で、各国の基準見直し作業を進めており、米国は、いくつかの監査基準改訂につき、IAASBと共同して作業を行っているが、我が国も、ISAとの調和について対応していくことが重要になってくると思われる。

 我が国において、監査の「フレームワーク」と「詳細な実務指針」から構成されているISAとの比較という観点で、ISAに相当するものは、金融庁の企業会計審議会が設定する「監査基準」と協会(日本公認会計士協会)が金融庁の要請により策定する「実務指針」との両者を合わせたものであると考えられる。したがって、実務指針の作成を行っている協会としては、監査実務上の観点から、更には今後協会がその役割を担っていく保証業務に関する実務指針作成上の観点から、実務指針の作成を通してISAとの調和について対応していくことになるとされている。

 IOSCOによるISAの承認が行われると、クロスボーダー・ファイナンシングのための財務諸表の監査は、ISAに準拠して実施されることになるが、会計監査を行う公認会計士は当然のこととして、我が国企業も監査を受ける立場として、その対応が必要になってくると思われる。たとえば、コーポレート・ガバナンスを前提として今後作成されていく新基準に対応するために、企業の組織の見直し、強化など企業の受け入れ体制の整備が必要となるが、企業サイドの対応がなければ、監査の実施は容易ではないと思われる。

 エンロン事件に端を発した監査の質に対する信頼失墜、そしてその回復に対応するISAが、今後、IAASBにより公表されていくことになると思うが、前述のように我が国の会計監査も、国際的な流れと歩調を合わせていくことが不可避となるであろう。