SCOPE EYE

 

年金改革に何が求められているか

 

早稲田大学政治経済学部教授

西川 潤

Nishikawa Jun

 

Profile

にしかわ・じゅん■早稲田大学政治経済学部・同大学院アジア太平洋研究科教授。専門は国際経済学、世界経済論。最近の著書に『人間のための経済学―開発と貧困を考える』(岩波書店)、『世界経済診断』(岩波ブックレット)等がある。

NGOをめぐる外務省騒動

 ことし1月末に東京でアフガニスタン復興支援国際会議が開かれた際に、当初出席を予定されていた日本のNGO(Non-Governmental Organizations民間開発協力団体)2団体が、突如外務省から出席を拒否された。この件が国会でもとり上げられ,自民党古参議院の離党や外務大臣・次官の解任など,外務省を揺るがす大騒動に発展したことは周知のとおりである。

 国際問題に関するNGOの役割がしだいに重要性を増していることは、この一事からも知られるが、じつはNGOの台頭はたんに国際関係に限ったことではない。今日の経済のグローバル化時代にしだいに民間非営利団体(Non-

Profit Organizations NPO)の役割が大きくなってきており、NGOはその中でとりわけ、国際開発・国際協力の分野を担当しているといえる。

経済と市場・国家

 なぜ、NPO/NGOの役割が大きくなってきたかを考える前に、今日までの経済が何によって動かされてきたか、を頭に入れておく必要がある。

 まず、産業革命以来、今日までの経済は、一方では市場をベースとして、そこで利潤を追求する民間企業が競争を通じて経済成長の動因となってきた。

 他方では営利企業の競争から生まれる失業や貧困など、「市場の失敗」を是正し、福祉政策を通じて国民統合をすすめる役割を果たしてきた。

 ところが、第二次大戦後、1970年代まで全盛を誇ったケインズ主義による「大きい国家」が、逆に官僚制の肥大、赤字財政の常態化、軍拡競争、技術革新の遅れ等の「政府の失敗」を導いた。ここから、1980年代に新自由主義が台頭し、「小さい政府」、民営化、規制緩和、市場経済化、自由化を推進し、これを土台として、1990年代以降の「経済のグローバル化」時代へと移行したことは周知のとおりである。

経済のグローバル化と市民社会の登場

 ところが、多国籍企業の多国籍生産、多国籍マネー運用、市場経済拡大等、グローバル化の時代に、市民の非営利部門、NPOやNGOからなる「市民社会」が、新たな経済アクターとして重要視されるようになってきた。経済に対する「市民参加」の大きな流れが現れてきたのである。

 その理由として、次のいくつかの事情が考えられる。

 第一には、グローバル化の進行は、市場経済の拡大、多国籍生産の進展による経済ボーダレス化に支えられているが、それと同時に、再び世界中で「市場の失敗」がクローズアップされるようになった。南北格差の拡大、貧困人口の増大、そして多国籍企業によるM&A(合併・買収)合戦を通じた合理化・OA化・減量経営の進行、それに伴う失業増大、そして貧困や地域格差の拡大をベースとするテロや民族紛争の頻発など、世界経済は容易ならぬ事態に直面している。

 欧州では平均失業率が10%を超え、雇用対策や女性等「社会的弱者」の経済過程排除の問題がクローズアップされるようになってきた。また、工業化が南の発展途上世界に拡大すると共に、世界的な生態系異常、環境悪化、災害頻発も憂慮されるようになった。こうした状況の中で、市民たちが貧困、人権、失業、環境等の地球的問題(グローバル・イッシューズ)に対する関心を深め、積極的に発言するようになってきた。欧州やアメリカでは、人権や環境を重視する社会的責任投資(socially responsibleminvestment SRI)の考え方が強まり、NPOがSRI企業への投資案内やモニタリングを積極的に行い始めている。

 第二に、1990年代に政府はグローバル化の進行の中で、ますますその権能を弱めている。多くの政府が国内では財政赤字を累積させ、高齢化の進行を通じて従来の福祉政策の維持もままならず、政策選択の余地もせばまった。また、日本を含むアジアではキャッチアップ過程を主導した国家体制が、政官財の汚職や仲間内貸付体制に発する不良債権累積によって、経済・金融システムの破綻を導いた。日本をはじめとして、多くのアジア諸国が1990年代に経済不況を経験し、いくつかの国ではそれは通貨・金融危機となって現れた。それは、グローバル化時代に国家主導体制の脆弱性を白日の下に露呈することになった。国内で、人々はますます説明責任、民主的運営、地方分権、権限委譲を要求するようになっている。イギリスでは、労働党のブレア政権の下で、政府や自治体がNPOと合弁で企業を創出するコミュニティ・ビジネスが新たに台頭し、その結果最近10年間に7.5%だった失業率を4%台に下げている。高齢化社会になって、地域社会やNPOが地域福祉に積極的に関わり合うようになった。国際開発の分野でも、ODAは1990年代に500億ドル台で横這いであり、かつて世界一だった日本のODAも世論の厳しい風当たりを背景として、1999年の134億ドルが、2002年予算では65億ドルと半減し、それだけNGOの役割が相対的に強まっている。

価値観の変化と非営利動因

 第三に、市民や労働者の価値観の変化が目立つようになった。以前は市民は国家に、労働者は企業に、それぞれ依存して暮らしており、自立した個人よりは「国民」「会社人間」として行動することが多かった。しかし、衣食が満ち、余暇も著しく増えた先進国では特に人々は、国家や企業のことばかりでなく、同時にグローバルな問題、また地域社会の諸問題に関心を注ぐようになった。以前は賃上げにより「モノの豊かさ」をめざした労働者たちも今は「生き甲斐」「心の豊かさ」に関心を深めるようになった。1994年にEUが採択した大企業における労働者の経営参加法は、こうした方向への変化を示している。

 これと同時に、世界的に市民・労働者を始めとする世論の民主化、政治の透明性、情報公開、人権、環境等に関する関心が強まり、NPO/NGOの数も著しく増えてきた。日本でここ数年来実施されている政治改革、地方分権法、情報公開法、NPO法、男女共同参画法、循環型経済六法等は、このような変化を示している。

 つまり、経済のグローバル化時代に、国家・企業と並んで、経済動因として、非営利動因がだんだん重視されるようになり、このような社会の価値観の多様化の表現として、NPO/NGO等市民社会が新たな発展の動因として登場してきたのである。アフガニスタン復興支援国際会議をめぐるNGO騒動はこのような世界的変化の一端を示すものといえよう。