SCOPE EYE

 

年金改革に何が求められているか

 

一橋大学教授

高山 憲之

Takayama Noriyuki

 

 

Profile

たかやま・のりゆき■1946年生まれ。長野県出身。1990年より現職。1994年の年金改革を先導し、1998年以降における保険料凍結への流れをつくった年金問題の第1人者。そのバランスのとれた発言は内外で注目されている。

 

 

若者の関心は「パイの味」に

 

 年金制度を維持していくためには若い世代の理解と納得が欠かせない。それにもかかわらず今、若者には「年金不信」が募る一方である。政府への信頼や政治への信頼は低下の一途を辿っている。

 若者の関心はいま、パイの大きさや切り方よりも「パイの味」にある。おいしいパイであれば進んでお金を払う。

 年金制度も受益と負担の関係をみえやすくし、制度への加入意識を高めることが先決である。その具体的方策として、年金保険料と給付の関係が一目瞭然の「みなし掛金建て方式」への切りかえが参考になる。

 この方式は、保険料拠出分および「みなし運用利回り」を毎年、個人別に記録し、その元利合計で老後の年金給付を賄う仕組みである。現行の賦課方式を維持したままでも、この方式への切りかえが可能であり、積立方式への移行に伴う諸困難(たとえば二重の負担問題等)を回避することができる。

 この方式は、スウェーデンやイタリアさらに東欧諸国・ラトビア等がすでに導入しており、世界における年金専門家の注目度がいま最も高い方式である。年金保険料を今後いっさい引き上げない点において、若者の不信を取りのぞくことも可能になる。

 

国民年金も所得比例型の保険料へ

 

 次に、国民年金の保険料は刻みを増やし、所得比例型に事実上、切りかえる。現行では定額保険料の全額負担、半額負担、全額免除、の3つの選択肢しかない。これに3/4負担および1/4負担を加えると選択肢は5つにふえ、事実上、所得比例型の保険料となる。

 その上で、保険料を財源としている基礎年金給付の3分の2を所得比例年金(2階部分)に移行させるのである。

 

基礎年金給付の再編成

 

 他方、基礎年金のうち税金で賄われている給付(現行では定額給付の3分の1)も抜本的に見直す必要がある。年金における国庫負担を、日本のように一律平等に3分の1(あるいは2分の1)としている例は、いま他国にはほとんどない。

 ちなみにカナダでは高所得の年金受給者にかぎり税金で賄われる基礎年金給付を減額する一方、低所得に苦しむ年金受給者には全額国庫負担で補足年金を上乗せしている。スウェーデンでも年金の国庫負担分を最低保障年金の財源等に限定した。英国でも低所得者用に第2国家年金を新設するとともに、資力テストつきの年金手当(全額国庫負担)を創設する予定である。

 このさい年金における国庫負担のあり方を基本に立ちかえって見直すべきである。たとえば税金で賄う年金給付は定額を基本線としつつ、高額所得者には薄く、低額所得者には厚い(プラスアルファつき)形に改めたらどうだろうか。

 その上で、年金負担においても「直間比率の見直し」に取り組む。直間比率の見直しは、過去20年間、税制改革における最大のテーマであった。年金をはじめとする社会保障財源についても、いま求められているのは20年遅れの「直間比率の見直し」に他ならない。

 具体的には、第2消費税として「年金目的消費税」を導入し年金財源の安定化を図る一方、年金負担における世代間の公平を達成する。そのためには年金受給者を含むオールジャパンで年金を支えていく必要がある。

 ただ、日本経済はいまデフレ下にある。しかもデフレからの脱却は容易でない。そのような状況下で国民負担増につながる施策は当面、打てない。そのような施策をいま講じると、日本経済が負っている傷はさらに広がってしまう。そこで、年金目的消費税を導入するさいには従来型の年金保険料をその分、引き下げる必要がある。

 国民負担増は、日本経済が自立回復し、新たな成長軌道に乗るまで待たなければならない。年金財源を安定的に確保するためには、いずれ年金目的消費税の税率アップが必要になる。ただし、それも日本経済の基礎体力と相談しながら進めていかざるをえないだろう。

 

年金改革における基本問題

 

 年金制度を改革するさいに「具体的な将来像を早急に示せ」という意見が新聞の社説などでよく述べられる。一見すると正しいように見える意見であるが、実際はどうか。

 今から30年前にも同じような意見が述べられていた。仮にその意見にしたがって30年後(すなわち今日)の年金像を具体的に示し、それを制度化して一切変更しないということできていたとしたら、どうなっていただろうか。

 今から30年前といえば高度成長の全盛期である。第1次石油ショック後の狂乱物価や、1980年代の土地バブル、および1990年代におけるバブル崩壊、マイナス成長、ボーナスカットや月給切り下げ、ゼロ金利、デフレ、出生率の急激な低下等を的確に予想した人は当時ほとんどいなかった。それにもかかわらず高度成長期の発想に基づいて年金制度の具体的姿を30年先まで決めてしまい、それを政治約束だからといって一切変えないとしたら、現役や企業関係者は現時点において激怒していたにちがいない。高給付に伴う高負担の強制に強い不満をぶちまけていたはずである。

 今後も人知の及ばないところで予測不可能なことが次々に起こるだろう。そうした変化の中で年金制度が国民多数派に支持されるための要件は何だろうか。

 刻々と変わる経済や社会に対して、年金制度も弾力的に変わっていかざるをえない。ただ、どんなことが起こっても老後生活費の基本部分は常に公的年金で賄われるという保障だけは担保される。そして年金制度改革は国民参加の下で十分に時間をかけて議論され多数派の納得と支持に基づいて進められるという政治プロセスに関する安心感が国民全体に共有される。間違っても強行採決はしないことが肝心である。このような改革プロセスについての安心感さえあれば、年金不信や年金不安は生まれないはずである。

 

[参考文献]

 高山憲之「年金の教室」PHP 新書、2000年刊。