SCOPE EYE

 

社外取締役とCEOの確立と普及を目指して

−日本取締役協会の使命と役割-

 

日本取締役協会 専務理事兼COO

矢内裕幸

Yanai Hiroyuki

 

 

Profile

やない・ひろゆき■1955年生まれ。慶応義塾大学文学部卒業。経営コンサルティング会社を経て、96年コーポレート・ガバナンスの顧問会社エピファニー設立、代表。98年日本コーポレート・ガバナンス委員会事務局長、0112月より現職。著書に『グッドガバナンス・グッドカンパニー』ほか。

 

 

理念の先を見据えて

 日本取締役協会の設立と理念構築にあたっては、“導きの糸leading principles”があった。それを経済の言葉でいえば「グローバル競争で負けないこと」といえるだろうし、法律の言葉を借りれば「商法改正案の理念の先を見据えること」といえるだろう。

 本会の誕生は,この導きの糸をたぐり寄せ、理念の先にあるものを着実にこの国の風土に根付かせよう,という指導者たちの思いが実を結んだものである。

 では,理念の先にあるものとは何か。それは、株式会社の取締役会を経営監督機関として純化していくことである。純化した後には、経営監督機関としての取締役会と、取締役会から全権を委譲された最高経営執行機関としてのCEOが残される。CEOは取締役会に対して説明責任と結果責任を負い、取締役会は株主・投資家に対して公正性と透明性を確保する。グローバル競争で決して負けない企業とは、こうした正の循環によって達成されるものと考える。

 むろん、現実が理念の後を必ず追いかけてくるわけでもない。だが、今回の商法改正で,法制審議会会社法部会は「選択制」というフィルターを通してではあるが、大規模公開企業の取締役会を経営監督機関として位置づけることを可能にする画期的な案を策定した。

 監査役を置かず、社外取締役が過半数を占める指名・監査・報酬の3委員会と執行役をフルセットで導入した企業(委員会等設置会社)はいうに及ばず、監査役を残す従来型企業であっても社外取締役を1人以上導入した場合には、旧来の経営会議や常務会に替わる「重要財産等委員会」を設置することができ、重要財産の処分等の決定権限を取締役会からこの委員会に委譲できるようになった。

 この制度は大会社における社外取締役1人以上の義務付け案の代替品といわれるが、重要なのは、妥協しなかった委員会等設置会社制度のほうであり,前述のように高いハードルを設置したことは、わが国コーポレート・ガバナンス史上特筆すべき事件といえる。社外取締役中心の3委員会と執行役の導入という一式を残すことによって、最終的には企業経営者の自己規律を促す制度を守ったことになるからである。

内なる道徳律が経営者を育む

 しかしながら、自発的であるべき経営者の自己規律と、強制的な法制度による規律付けとの間に矛盾はないのだろうか。この問題は、経済界の「企業経営においては自治や自律性を尊重すべきであり、法律による義務付けは最小限にして、究極的にはすべてを企業の自由裁量に任せるべきである」という主張にも現われ、商法改正作業のなかで学界と対立した点でもある。

 コーポレート・ガバナンスでいう規律には、企業経営者による自己規律、法制度による義務付け、株式市場による規律付けの3種類がある。わが国では株式市場による企業経営者への規律付けはまだまだ脆弱である。もちろん今後,株式の相互持合いがなくなり、発言する株主が増え、議決権行使が活発になり、政府や自主規制団体による市場監視機能がいま以上に整備されていけば、市場の規律が奏効するようになるだろうが、それを待ってはいられない。経営効率を賭けた熾烈なグローバル競争は日々続いているからである。

 法制度による企業行動の規律付け、特に経営監督機能に限っていえば、これまでは監査役の権限強化によって解決しようとしてきたといえる。

だが、経営監督機能の中心であるべき社長の解任権を監査役に与えなかったことからも明らかなように、そこには限界があったといわざるをえない。むろん、いまから監査役に社長解任権を与えることによって指名委員会の代理は可能かもしれないが、果たして、50年間そうしようと思えばできたにもかかわらず、そうしなかったことの、本当の意味を考えねばならないだろう。

 自己規律には必然的に義務の観念が伴う。この義務感がみずからを律するのに、それが法律に由来するものであっても、上場規則に由来するものであっても、あるいは自己の内なる道徳律に由来するものであってもかまわないのである。最低限の道徳としての立法とは、自己の内なる道徳律の具現化であるはずだからである。換言すれば、内なる道徳律が経営者のエートスを育んで、法制度などの文化装置を形成していく、そのような仕組み作りが望まれているのである。

 本改正案は、内発的な自己規律と外発的な規律付けとの,初めての幸福な出会いだったといえるだろう。経営監督者としての取締役という存在が切実に求められ、そのための基盤整備が必要になってきている。こうした時代の要請に本会は応えていきたいと思う。

CEOクラブとしての出発

 昨年末、大企業の取締役(社長、会長、名誉会長)67人、大学の研究者15人の合計82人の発起人により、日本取締役協会の発起人総会が開催された。発起人総会は規約を承認し、本会を「公開企業および大規模企業の取締役という地位に伴う責任と使命を自覚し、その責務を自身の成長によって全うしようとする指導者たちのクラブ」(CEOクラブ)と位置づけ、会長兼CEOに現オリックス会長である宮内義彦氏を選出した。

 CEOクラブとは、経営者の役割として経営執行と経営監督があるとすれば、これまでは経営執行のほうに重心が偏りすぎていたのではないかという反省のもとに、経営監督と経営執行をバランスさせることによって、真の経営者、すなわちCEOとなるための相互研鑽の場としたい,という意味である。

 本会は、特定業界の利益を代弁したり、特定の身分や職責を代表することはなく、あくまでもCEO、社外取締役、研究者のための親睦団体に過ぎないのである。本会がCEOにこだわったのは、経営監督者である社外取締役の人材として、経営判断において最終的な責任を負うべき、また負った経験のあるCEOこそ最もふさわしいという判断があったからである。経営の最後の保険機能(社長の解任)を委ねる社外取締役の資質、能力、経験の持ち主として、CEOに優る人材はいないと考えられるからだ。

 世界が標準化、均質化に向かう一方で、各国がそれぞれに独自性と多様性を主張する羅針盤なき時代のなかで、本会の理念と目的を共有する指導者たちの自律的な成長に、この国の企業と社会の将来を託したい。