SCOPE EYE

 

(財)財務会計基準機構の設立と今後

―民間の人材・資源を結集したわが国市場の代表を目指す

 

 

プロフィール

こばやし・まさお■1933年2月6日生まれ。1955年3月一橋大学経済学部卒業後,同年4月十條製紙株式会社入社。1996年6月日本製紙株式会社(合併に伴う商号変更)代表取締役社長就任。2001年3月株式会社日本ユニパックホールディング代表取締役社長,同年7月財団法人財務会計基準機構理事長に就任し現在に至る。1999年4月藍綬褒章受章。

 

 

民間独立の会計基準開発機関設立経緯

 すでにご高承のように、近年の経済取引の多様化、複雑化、あるいは資本主義経済圏の拡大にともなう企業活動や資本市場のグローバル化にともない、わが国の企業経営も大きく変革することを余儀なくされてきた。このなかで橋本首相(当時)が1996年に、FREE、FAIR、GLOBALという目標を掲げてわが国金融システムの再構築に着手し、この延長線上に会計ビッグバンもあったが、1997年夏のアジア「通貨危機」、さらには1999年夏のわが国企業の英文アニュアルレポートに「国際基準とは異なる」というような警句をつけられる「レジェンド問題」が発生した。また、同時期に国際会計基準委員会が、国際的な統一基準を設定するに相応しい団体へと脱皮するための改組を進めていたが、新しいIASCのメンバーを決める指名委員会に、世界第二位の資本市場を持つわが国の参画が求められなかったという事態が発生した。これらはわが国会計制度に対する諸外国の理解並びに信頼がいかに低いかを表す出来事であった。

 このような出来事を契機として、わが国において、民間の企業会計設定主体設立の必要性が取り上げられ、自由民主党金融問題調査会、日本公認会計士協会、経済団体連合会等において真剣に議論されてきた。企業会計基準法制化の当局である大蔵省(当時)でも、金融企画局長の私的懇談会として、「企業会計基準設定主体のあり方に関する懇談会」が2000年4月に設置され、同年6月に「企業会計基準設定主体のあり方について(論点整理)」が公表された。この中でいくつかの重要なポイントが示されている。まず、A.求められる機能は、企業の実態を適時・適切に開示し、投資者の自己責任に基づく投資判断と、企業経営に対する有効な外部規律という市場の基本的なインフラであり、また、B.わが国は、比較可能性の確保のための国際的な調和、さらには、国際的な場における基準の開発に貢献しつつ、議論をリードできる発信能力を国内に備えることが必要であるとしている。さらに、「官民が適切な役割分担の下で人材・資源を結集しその機能を強化していくことが強く求められている」とし、民間基準設定主体に求められる要件を列挙している。@独立性A人事の公正・透明性B基準設定プロセスの透明性等である。

 

(財)財務会計基準機構の設立

  以上のような経緯を踏まえ、わが国初めての民間企業会計基準開発機構として、財団法人 財務会計基準機構(以下財団という)が、関係諸団体のご支援をいただき、7月26日(木)に設立されたのであるが、設立にあたってはさまざまな工夫を行った。主なものをご紹介する。まず、市場の基本的なインフラであるということを表現するため、公益法人としての認可をいただき、運営費も市場参加者から広く集めることにした。また、基準設定プロセス等の情報も原則公開とすることにした。次に、財団内に基準等を開発・審議する機関(企業会計基準委員会:以下委員会という)とテーマを提言する機関(テーマ協議会)を理事会から独立した機関として設置することにした(委員の兼任不可、業務の独立執行等)。私が所属する理事会は、通常の財団とは異なり財団の運営全般の業務執行機関という位置付けに留め、開発、審議等には一切関わらないことにした。さらに、委員会の委員には常勤、非常勤にかかわらず独立して審議に臨む旨の宣誓まで求め、独立性を高めている。各委員の選任についても、財務諸表の作成者、利用者、その間を繋ぐ会計監査人、加えて学識経験者と、市場を取り巻く関係者をバランスよく構成するようにし、市場の声が最大限反映されるように努めた。

 このなかで、私に求められていることは、古来中国にあった「傅(ふ)」のようなものではないかと考えている。「傅」とは、太子が誕生すると任命される官職の一つである。これは、日本でも取り入れられ、明治維新までは皇太子の内政を掌る東宮坊に東宮傅という官職があったようである。役目は幼君の側にあってその養育、補佐を行うというもり役である。今ようやく誕生した当財団を見守り育て、皆様の信頼を得て、わが国を代表して堂々とわが国の立場、考え方を世界に発信し、委員会の活動の成果により真にわが国の企業価値を公正に理解してもらえるよう最大限の努力をしていきたいと思っている。

 

今後の展望

 当財団はまさしくわが国のマーケット参加者のために設立された機構であるが、今一度、会計制度が市場を支える重要なインフラであるということ、そのために完全な民間独立の基準開発機構が初めて設立されたという意義をよく理解していただきたい。従来の官主導のやり方は、わが国が先進国をキャッチアップするためには非常に効率よく機能し、大きな成果を上げてきた。しかしながら、もはやわが国は先進諸国の仲間入りをしており、世界経済の一翼を担うべき立場にある。これにともない大きな責任も発生しているのである。自己(日本)の会計制度を市場の自己責任の下で、自らの実態を反映するよう確立するとともに、国際的な調和も達成し、更には国際的な会計制度の確立にも貢献していかねばならないのである。このためのわが国唯一の前線基地が当財団であるということをよくご理解いただきたい。この前線基地が地歩を確保しつつ確実に前進しつづけるためには、後方支援が必要不可欠なのである。後方支援とは、当財団の活動に対する暖かい理解であり、具体的には会員として参加(加入)していただくことによる安定的、継続的な財源の形成支援である。皆様の広範な、力強いご協力を切にお願いしたい。

 また、委員会には企業、監査法人、証券取引所等より17人の優秀なスタッフが常勤で参画してもらっている。今までの市場の壁を破った組み合わせで一つのプロジェクトを協同で遂行することにより、これまでにない新しい文化、精神が生まれる萌芽が見える。私は新しい日本を引っ張っていく優秀な若い力を、明日のために育て上げることがもう一つの使命なのではないかと考えており、人材面についても、皆様の大きなご理解と継続的なご支援を重ねてお願いするものである。